農協おくりびと (94)長谷寺の、わらしべ長者

長谷寺には皆さんもよくご存知の、『わらしべ長者』の話が残っている。

ただ一般的なストーリーとは、少々、異なる。


 昔々、とても貧しい働き者の男がいた。

身よりもなく一人ぼっちで、将来に何の希望もない。

長谷の観音にすがろうと、毎日毎日、ご本尊の十一面観音にお祈りをした。


 二十一日目の明け方のこと。夢の中に観音さまが出てきた。

『お前には戒めの心がなく、あれこれ申してけしからんが、不憫に思う。

お前を運の良い方向へ導いてあげるから、今から言うことをよく聞いて守るのじゃ。

よいか、寺を出るとお前の手に触れるものがある、決してそれを捨ててはならぬ!

よいなっ!』と言った。


 半信半疑ながら、翌日も男はお参りに行く。

その帰り道。男が長谷寺の大門の前でつまづき倒れてしまう。

起き上がろうとした時、手に、数本の藁(わら)を握っていた。

男は、『これはきっと観音さまが授けてくださった藁に違いない!』

そう思い、夢で見たことを守り、しっかりと握りしめながら歩いていく。

すると一匹のアブが、顔の前に飛んできた。


 うるさいので捕まえて、藁の先にくくりつける。

アブが『ブンブン』鳴っている藁を持って歩いていると、

長谷参りの赤子を背中におぶったおばあさんが、男の前を通りかかった。

赤子が泣いていたので、男がアブが『ブンブン』鳴るわらしべを赤子の方に

向けると、ピタリと泣きやんだ。

わらしべを赤子にやると、顔がうれしさでいっぱいになった。

男の親切にうたれたおばあさんが、みかんを三つ、男に差し出した。


 男は「わらしべ」が「みかん三個」になったと喜び、

お礼のみかんを持ってまた歩き始めた。

すると若い女が道ばたにかがみ込み、お腹を押さえて苦しんでいるのが見えた。

お供の老人が、困り果てた表情でその横に立っている。

男がたずねると老人が、『突然痛みを感じられて、暑気あたりに違いございません。』と言う。

『それはいけない!ここにちょうどいいものがある。』と言って、

先ほどのみかんを差出し食べさせたところ、娘はたちまち元気になった。


 娘は元気になると、男に美しい絹の反物を三本手渡した。

『このご恩は一生忘れません!』と言いながら、去っていく男に何度も

何度も礼の言葉を繰返した。


 男が反物を持ってまた歩いていくと、『おい!そこのお前!そこで止まれ!』

道ばたに侍が一人立っている。その横に馬が一頭地べたに横になっている。

侍は男をギョロリとにらんで、言い放つ。


『どうだ、お前の持ち物とわしの馬を交換せぬか?』

『でもお侍さま、その馬は死んではおりませんか?』

『死んでる?ちょっと疲れて、ただ休んでおるだけじゃ。』


 侍は男に近づくと、手を刀に置いて押し殺すような声で言いはなつ。

『わしは大事な使命を帯びた者、別の馬が必要なのじゃ。

お前の反物なら一頭買える。どうだ、取引するか?取引せぬか?』

男は何も言えず立ち尽くしたまま、絹の反物と死んだ馬とを交換させられた。


 男は死んだ馬と置き去りにされ、大変惨めな気持ちになる。

『いくら観音さまが夢の中でおっしゃったとはいえ、いいことばかり、

そんなに続くはずは無い!』と思ったが、もしやと思い、

長谷寺に向かって、『馬を生き返らせてください!』と念じてみた。

すると死んだはずの馬が、ゆっくりと頭をもたげて起き上がった。


 たいそう喜んだ男が、元気になった馬と共に歩いていると、

大きな屋敷の前にさしかかる。その屋敷の下男に、

『すみませんが、もしよろしかったら私の馬にやるまぐさをいただけませんか?』

『いいとも!でもちょっと待っておくれ!』

と言って下男は、馬を眺め回した後、屋敷の中へ駆け込んでいく。


 しばらくして屋敷の主人とともに駆け戻ってきた。

主人はその馬を見るなり、叫んだ。『何と言う美しい馬じゃ!』

『国中を探し回ってもこのような馬、見つかるものではありませんぞ!』

『私に売っていただけませんか!?』

『千両では?・・・・・・二千両では?・・・・・・』

それを聞いて男は、驚きのあまり倒れこんでしまった。


 主人はあわてて、『娘や!水を持っておいで、急いでな!』

主人の娘が冷たい水を持って駆けてくるとと、横たわっている男を見て、

『あっ!お父さま!この方は、私が話していた親切な男の方です!』

運命とは不思議な巡り合わせをもたらすもの。

その娘は、少し前にみかんをあげたあの娘だった。


 しばらくして意識を取り戻すと、男はふかふかの布団の上に横になっていた。

目を開けると見覚えのある顔が目に入った。


『あなたは・・・あの時の娘さん!』

『さようでございます。そしてこれは父でございます。』

『これは娘です。さて、こうして互いのことがわかったので一つ大事なことを

尋ねたいのだが、あなたの馬を頂けまいか。そして娘の婿になり、

私の後継ぎになってもらえまいか?』


というわけで観音のお告げの通り、男が観音さまの言うことを守ったおかげで、

男の運勢は、素晴らしいものになった。

もちろん男はその後、幸せに暮らしたと言う。

やがて、そのあたりの人はみな、男を『わらしべ長者』と呼ぶようになった。

そして男も、これもすべて長谷の観音のご利益に違いないと思い、

改めて長谷の観音さまに感謝して、前よりいっそう熱心に信心したという。



(95)へつづく

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