今宵のNAGASAKI

加藤ゆうき

第1話呑もうよ! HIRADO

 休日の前夜、月の光が映える水面みなもを窓から眺める。

 私の右手にはグラス、入っているのはじゃがいも焼酎「じゃがたらお春」

 ロックでいただくのが私流。

 さっぱりとしてまろやかな味わい。

 けれど約四百年前に実在した「お春」の半生は穏やかではなかった。

 彼女は追放先のジャカルタと平戸とを結ぶ海を、どのような思いで見つめたのだろうか。


 少年漫画の最終話を読んだ夜、センチメンタルな気分で星空を眺める。

 一丁前に格好つけて、辛口の冷酒「飛鸞ひらん」を一杯。

 キリッとした喉ごし。

 平戸ひらど、開けるとびら。その語源となった酒の名前。

 先人たちはどのような思いで、異国の人々を迎えたのだろうか。


 愛をテーマにしたドラマを見た後、すっかり乙女チックになった私はワイングラスを片手に「夢名酒むめいしゅ」を一口。

 日本酒なのに、白ワインのような味わい。

 平戸には幸橋さいわいばしという縁結びの石橋がある。

 数多の乙女たちは、どのような恋を夢見、焦がれていたのだろうか。


 誕生日、ごほうびにほんの少し贅沢をした。

 「カピタン三十年」その名の通り三十年、麦焼酎を熟成してある。

 名前の由来は、平戸オランダ商館の長、カピタンから。

 味わいがしっかりしているのに、グラスがすぐに空になる。

 大航海時代、異国の人々の目には、日本がどのように映っていたのだろうか。


 誰かの祝いの席、そこには「按針あんじん」という梅酒がある。

 かの有名な三浦みうら按針あんじんことウィリアム・アダムスの人名が由来になっている。

 はちみつ入りのほんのりとした一杯が、彼の代わりに祝福しているようだ。

 結婚記念日、還暦、金婚式。

 日本で人生の大半を過ごした彼の心では、母国イングランドへの望郷の思いがどれほど強かったのだろうか。


 ここ平戸では、今宵も誰かが夜を呑んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る