巻き込まれ娘ノ冒険
柊
第1話
ピチチチ…
ガサガサ…
グルルルォォォ…
葉がこすれ合い、音立てる。
時には動物の鳴き声も聞こえてくる。
「っ〜!はっ、はっ、ぜ……っふざけないでよ!!」
そんな中を、
時折鋭い枝に引っかかる事があり、服は破れ、土にまみれ、至るところに傷を負い、ボロボロだ。
ズキズキと痛む足や腕には血が滲んでいる。
それでも、ずっとずっと走り続けていた。
理由は、優紀の後ろを追い続ける奴のせいだ。
「ヴゥー…ヴォン!」
灰色に黄緑がグラデーションされた狼が焦れったいとでも言う様に吠える。
否、狼なのかもわからない。
狼の毛は、ところどころ空気に解けるようにゆらゆらと踊り、透過するように物に当たらない。その様はまるで幽霊だ。けれど実態がある事を優紀は知っている。
というのも、事態が急変したのは何時間も前に思える、けれど何分か前の事…だと思われる。
優紀は帰宅途中…母の頼みでいつもは寄らない駅で降り、スーパーで買い物をしていた。
その時になんと、1人の女性が突然暴れ出し、ブツブツ意味のわからない事を言い始めたのだ。
そして『出来るわけ無い!嫌です!!』なんて叫んだ彼女と偶然目が合ってしまった。瞬間、恐怖の表情を浮かべたまま、縋るように優紀の服を掴んだ。
そこから優紀の記憶は暫くなく、気付けば森の中で寝る形になっていた。
何が起こったかわからずに、スマホを見てみるが圏外。仕方なく歩き出していれば、摩訶不思議の数々に出会った。
火を吹く小さな多肉植物に似た何かが咲いていたり、骨が見えてるトカゲが木を登る。木が不気味に蠢き、しまいには翼と胴体の比率が明らかにおかしいにも関わらず、ダチョウを鮮やかにした様な鳥は重力無視して飛んでた。
絶対、地球じゃない。
という事をすぐ悟った。
優紀は理解して、重いため息と、多少の涙を零した。
余りにも理不尽過ぎる出来事に、心がついていけなかったのだ。
不幸中の幸いとも言えるのは、優紀は人に比べると前向きすぎる思考だったという事だろう。
こうなってしまった以上、クヨクヨしてる暇はない。と思い立ち、日が落ちるまでには何かしなければと行動を開始したのだ。
けれど、そんな選択も直ぐに無駄な事になる。
バキリ、枝を踏みしめる音が至近距離でなる。
嫌な予感に冷や汗を流し、音の鳴る方向を見れば…
狼がダラダラと涎を垂らしながらこちらを見ていた。
認識したのもつかの間、飛びかかられ、防衛反応か、反射的に狼を蹴った。
当たったので怯んだか、逃げてくれるかと淡い期待もしたが…そんな訳もなく、またこちらを食い殺さんとばかりに襲ってきた。
何度も反射が働くわけもなく、仕方なく逃げ続ける羽目になったのだ。
そして今に至る。
ここまでの回想をしたのも現実逃避の1つなんだろう。
体力なんて、既に限界を超えている。
優紀は頑張って走っていた。
本当に頑張っていた。
けれど…足は疲労から震え、上がらなくなっていく。
狼なのに遅いのが救いだったが、ジワジワと嬲られている様にも感じる。
きっと狼はただ、獲物を前に遊んでいるだけなのだ。
確実に、優紀の走る速度は落ちていく。
「あ!…ぐうぅ」
再認識したからか、遂に足が縺れて転けた。
痛みに汗を滲ませながら、座ったままでも振りかえり、狼の方を睨みつける。
生きる事を諦めず、最後の抵抗をしようと考えたのだ。
(……………あれ?)
「グルルル…」
狼は喉を鳴らし、こちらを見ているのにも関わらず…先程の様に襲ってこない。
それより、何かに怯えてるようなにうろうろとしてるだけだ。
不思議に思って、呼吸を整えながら辺りを見回す。
そして唖然とした。
「何…これ……?」
狼と行き着こうともを隔てるかのように、境界線のように…
緑と灰色に、大地が分かれてる。
狼の方は、鬱蒼と生い茂る緑が主体。
優紀の方は枯れ木だらけで…地面は荒れ果てている始末。後ろは視界を阻むほどでもないけど、白い霧の様なものが確認できる。
生物や植物がいるとは思えない灰色と黒と白の無色な世界…悲惨としか言えない。
地球で日常を送るの中では見ることなんてありえない出来事の数々に、もう、頭がパンクしかけそうだった。
顔を顰め、頭に手を当てて、これからの事を考える。
(……とりあえず、狼はここに来るのを嫌がってる)
ここが森より危ない場所な事は分かる。
かといって狼はこっちに来るのを待っている。
戻ればもう逃げる隙なんで与えてくれない事は明確だ。
ゴクリと生唾を飲み込む。
(戻ったら確実に食い殺される…進むしかない……)
優紀は腹をくくって、荒れ果てた大地を進む事を決断した。
日もまだ沈んでない以上、何とか人里を探さなければいけない。
生存率を少しでも上げたいのだ。
優紀は早速、無理を強いた体に鞭を打って、歩き出した。
…それからどのくらいだったろうか。
時間感覚はもうない。
霧はいつの間に濃くなり、前に進んでるかも、進んでないかもわからなくなっていた。
何故、霧が濃くなっている事に気付かなかったのか…
優紀は自身の失態に落胆する。
「これはさすがに…私も適応出来ないって」
優紀は苦笑いを浮かべた。
今まで学校で習って来たことは、何の役にも立たない。
「あーあ、このまま私死ぬのかな。ただ買い物しただけなのになー…」
思わず愚痴が溢れる。
死ぬ気は更々ない。死ぬ直前まで希望を持ち続けるつもりだ。
それでも、変わらない景色は今の優紀の心を重くさせるには十分すぎた。
「はぁ………んぐぅ!?」
ここに来てから何度目かのため息をついた瞬間、硬く太い物に腹を思いきりぶつける。
(さっきまで物なんてなかったよね!?)
痛むお腹を押さえて前を見る。
そして優紀は目をぎょっと見開いた。
視界いっぱいに広がる堅そうな、それでいて艶のありそうな錆色の装甲。いや、これは…鱗だ。
(まさか…いやでもそれってRPGだよね?ありえないよね?)
恐る恐る、斜め上の方を見上げる。
「……………」
「……………」
目を合わせてはいけないものと目が合った。
これは死亡フラグだ。
そう思わずには居られない。
(ごめんよ家族達。ゆうにマンション8階建くらいありそうな動物というか…竜への対処法なんて知らないよ。熊と猪と野犬と鹿とかなら何とかなったかもしれないけど…)
「………お主、何故ここに入れる?」
突然、ある程度歳をとったような、嗄れた声が聞こえた。
「へ…?今誰か喋った…?」
キョロキョロと見回しても竜しかいない。
竜しか、いない。
まさかと思ってまた竜の方を見れば、多少呆れたような目線を送られた。
「どうやら、儂を知らぬ無知なる迷い子の様じゃな。しかし、この毒霧の中を平然と歩くなど、人の子であればどんなに修練しようとも不可能のはず……。小童、名を何という?何故ここに来たのじゃ」
話が通じている。
不思議と心が安らぐ声で、お爺ちゃんと話している気分になる。
そう思った途端、体がどっと重くなった。
きっとこの世界に来て、散々な目に遭い続け、心を張り詰め続けていたからなのだろう。
優紀は…保身の為に嘘をつくなんて無粋なことはやめ、真実をこの竜に打ち明ける事を決めた。
どうせ、もし襲われたら今度こそ助かるはずはないのだ…
なら、助けてくれる方に賭けるしかない。
「私は小鳥遊優紀といいます。実は…」
優紀はここまでの経緯をほと細かに語った。
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