練習X

透明感

プロローグA 悪魔のチュートリアル(ただし記憶なし)

呼吸を始めたとき、そこには悪魔がいた。


彼が立っていたのか座っていたのか寝そべっていたのか、それは分らない。自分たちにはまだ視力がなかったからだ。しかし耳はもうできあがりつつあった。


できかけの耳に、悪魔は話しかけた。


彼の話にはいくつも印象的なところがあり、自分たち3人は興味深く聞いた。

自分たちが3人であることも彼の話から知った。


それは、壮大な物語で、全て未来の話だった。


彼はあまりに滑稽なことを言っているので耐えきれないという風に笑いながら話した。しかし彼が笑うとき、何か温かいものを感じた。悪戯心から嘘八百を並べ立ててながら、その嘘を彼自身も半分信じている、というような。


彼の、長い長い話が終わり、いよいよ旅立ちの時がきた。

自分たちはこれから離ればなれになる。

彼曰く、地上へと送りこまれ、そこで別々の生き物に転生する、らしい。

自分たちは、そのことがとてもさびしい、と思った。


また、さらにもっとさびしいことがあった。

転生するにあたって、自分たちはここで聞いたことの全てを忘れてしまうそうだ。

だったら何のために彼は話したのだろう?

そう思った。


なんだかとても理不尽であるような、さびしい気持ちのまま、自分たちは意識を失った。



「なぁーに、魂は覚えているさ。たぶん!」



※●※●※●※●※●※●※



友人に最上級の素体を造ってもらった。

蒐集マニアの友人からは3界における最高級の魂と、その在り処を教えてもらった。


俺は神や天使、魔神や悪魔どもの裏をかき、または表からねじ伏せ、ありとあらゆるところから、必要なものをぶんどってきた。


かくて選りすぐりの魂をぶち込んだホムンクルスが3体集まった。


研究室のポッドの中では角や尻尾、天使や悪魔のような羽、虫や甲殻類のような触覚など、ありとあらゆる種族の特徴が入り交じった赤子のようなものが、体を丸めて眠っている。


ポッドの中でプカプカ浮かぶ彼らに向けて、毎日語りかけながら、その体がすくすくと育っているのを確認した。


このままならじきに地獄に棲む中級悪魔のアベレージを越え、地上に出ている天使や神の眷属ぐらいなら小指でひねり潰せる程度には育つだろう。


しかし、足りない。

なんといっても面白み、そして何より可能性が。


それくらいでは地獄や天海の上級悪魔やセラフィムにはとても敵わないし、

あるいは地上でだって、名前を呼んではならない女神や古龍、などの深層にいるやつらには到底太刀打ちできないだろう。


俺の考えた計画、それを実現させるためには、強靭なホムンクルスの肉体だけでは不十分だ。魂(ソウル)を育てなくてはならない。


やはり転生させるしかない。


それも、なんといっても脆弱で短命で醜悪で低能な存在にだ。


つまり人間族、あるいはエルフ、ドワーフ、獣人辺りか。

そういう存在の中に押し込められた魂にこそ、完成系の想像できない可能性がある。それに気づいたのが、この計画を思いついた発端である。


幸い、友人に界環密航や魂心転生が得意な奴がいた。


俺は早速彼を拉致してきた。


はじめは少しばかり抵抗したが、趣旨を説明すると、予想通り、すぐに飛びついた。悪魔は位が高くなればなるほど、退屈をこじらせて損得やイデオロギーにこだわらなくなるからいい。


「ホムンクルスの因子を活かしたまま地上に転生させてやりたい」と説明すると、彼は眠気を隠そうともせず、潜在能力としては弐球クラスの龍くらいの力は維持したまま地上に送り込めると言った。


彼は少し誤解をしていた。

俺が求めているのはそのような大雑把な話ではない。第一、そのように明らかに地上の平均から外れた異質な怪物が現れれば、やつらとて黙っちゃ居ないだろう。すぐに地獄なり天海なりに応援を要請しテコ入れを図る違いない。それでは詰まらない。


まず、地上にいる天使、神、悪魔問わず、どのような鑑定眼を持つものにとっても、ただの人間と変わらないように見える擬態を施してくれと、彼に伝えた。


彼は少し眉をひそめながら、小鼻をならし、容易いことさと嘯いた。力は貪竜クラスまで落とそう、或は古鬼クラスまで。それくらいなら、どの世代でも数十人はいる人間界の小英雄と同じくらいだ。多少目立つとしても神や悪魔どもは気がつかないだろう。


ふむ、たしかに悪くはない。

悪くはないが、良くもない。


人間の英雄と同じくらいの力、それはいい。人間とて、苦労して昔よりかは多少強くなりつつある。そんな彼らの苦労を、即席の化け物を使って嘲笑う必要はない。彼らと対等か、一歩及ばない程度、むしろそのくらいの方が面白い展開になる。ただ、ホムンクルスが、ただの「人間」ではあまりに「工夫」がない。


転生用に持ってきた道具類を弄りながら「やるのかやらないのか」と少しばかり苛つきをみせはじめた彼に待ったをかけ、10秒間ほど考える時間をもらった俺は即座に3つのアイデアを思いついた。


3つだ。

3つの転生に、それぞれ異なる、ギミック。工夫。


彼らのうち誰かが壁にブチ当たっても、別の誰かがその壁を破壊するような。

そんな「可能性」を与えてやりたい。


俺は自分の頭に思い浮かんだ「可能性」をなんの検閲にもかけず、思いつくまま、目の前にいる友人に伝えた。


とめどなく溢れ出る話が進むうち、友人の目はだんだん座ってきて、その額には血管の筋が浮かび上がってきた。話が佳境を迎えた頃「ちょっとまて」


俺の舌の運動を遮るように、制止の仕草をし、問いかけてきた。


「お前はそれがどれだけ難しくて微妙なことかわかっているのか」

「手段は全然分らないし興味もない、ただ、その「微妙」という言葉は当たっている」


大変に「微妙」なことを望んでいるのだ。だからこそ目的が達成できると思う。地上に居る神や悪魔どもの目を欺きつつ、まるで人間のように、ごくごく自然な、だが確実にユニークな成長をし、気付いたときには奴らの手には負えなくなっているような。そのように微妙な仕掛けが必要なのだ。


友人は、俺のいうことを呑み込むのには非常の努力を要したようだ。額に血管を浮かべ苦りきった顔のまま俺の話を最後まで聞き終わると、内容を整理するためか長いこと黙り込み、やがて独りごとをブツブツと呟きながら各種数式やスケッチを壁や床に落書きしだし……最終的には喜々として作業に没頭していった。


俺もまたついつい興奮し、奴が万事抜かりない転生方式をついに完成させんとした瞬間、また一つ新しい隠し球を閃かせ、地上に棲むやつらに対するささやかかつ絶対的な嫌がらせを提案した。彼は築き上げた計算式を壊されるたび、奇声を上げ、白目を剥き、色んな穴や管から血を吹き出しながら、猛烈に式を組み直し続けた。


かくて、

とうとう巧妙にして細緻な転生術式が完成した。


術式通りに、下準備を実行することで、それぞれが4mから10mを越える堂々たるホムンクルスであった彼らは今や2ミリの種子となった。全く違う成長の方向性を備えた種子に。


次に、地上に向かって、種たる彼らを打ち出す狙撃装置を組み立てた。


Xデー。

計画の実行は俺たちが棲む地獄ではなく、天海から行うのがベストだと判断した。


天海で一番高い城の展望台までバレずに移動するのは少しばかり面倒だったが、まぁやってできないことはなかった。友人もギリギリとはいえ上級悪魔でよかった。さもなければ俺の動きについてこられず死んでいただろう。


さっそく3つの種子を、地上のある点に向けて放った。

種子たちは皆無事、人類の住む大陸まで届き、母体となる人間の胎に吸収されたようだ。


彼らには何の記憶もない、あるいは……な記憶しかないため、

俺の予想など振りきって好き勝手暴れるのだろうか。

それもまた面白い。


俺はこれからがまったく楽しみになった。

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