名寄という町で

狐付き

名寄

「あれは野良犬……ですか?」

「いやありゃ狐だ。夏毛で黒いんだ」

 外食の帰り、お世話になっている佐藤さんの家へ車で向かっていたときの会話。

 周囲は民家が立ち並ぶ住宅街。こんなところでキタキツネを見られるとは思ってもみなかった。


 名寄という町は、周辺に大きな町がないせいか、とても大きい町に見えた。

 180ほどある北海道の市町村の中では確かに大きいほうであるが、人口200万近くある札幌とは比較できぬほど小さな町だ。周囲を山に囲まれた盆地で、もち米の生産量は日本一なのだが、とりわけ何があるというわけでもない。


 都会というわけではないが、町はしっかり町といった形状を保っており、まるでシムシティで作ったような……札幌や京都よりも整った碁盤の目状の道。これほど東西南北がわかりやすい町はそう多くないだろう。

 それでも町を外れるとすぐ山だ。キタキツネが餌を求めて町中を徘徊するほど自然との距離が近い。それに東京とは比べるまでもなく空気が澄んでいる。


 田舎というにはあまりにも町であり、都会というにはあまりにも自然が多い。海辺の町ではままあるが、ここは完全に山間だ。南に80キロほど行けば旭川があるのだが、あそこには町を感じられても自然をあまり感じられない。名寄という町はなかなか面白いバランスでそこにある。


 父と母、そして自らの生まれが東京の僕にとって、こういった自然の多い場所に接する機会は滅多にない。しかしだからこそ魅力的に見えているのかもしれない。隣の────というにはあまりにも遠いのだが、よその芝は青いのだ。

 年老いたらこの町で暮らすのも悪くない。そんな風に思った夏だった。



 冬、1月。僕はまた名寄へやってきた。

 夏はレンタカーで来たのだが、さすがに冬の北海道でそれは厳しい。なにせ高速道路は封鎖されて使えない可能性はあるし、千歳空港からだと軽く200キロ以上はあるため、雪慣れしていない僕が長時間一般道を走るのも厳しい。

 札幌を経由し3時間以上電車に乗り、名寄駅から出た時になんとも言えない感動があった。


 予報では雪とされていたのだが、雲がそれなりにあるくらいで日は出ている。それは電車の中からでも確認できていた。積もった雪景色は拝めたが、雪降り注ぐ北海道も見たかったなと思っていた僕にとっては少し残念だったが、それ以上のものを見ることができたのだ。


 日が出ており、雪が降っているわけではない。だけど空……いや、空気がそこらじゅうキラキラと輝いている。

 ダイヤモンドダストだ。そう滅多に見られない気象現象と聞いていたのだが、ここ名寄では冬場なら日常茶飯事らしい。そういえばダイヤモンドダストは天気でいうと雪の扱いだそうだ。なるほど、天気予報は間違っていなかった。


 あとはサンピラーを見てみたかったのだが、これはさすがに名寄でもそうしょっちゅう起こる現象ではないらしく、残念ながら見ることはできなかった。

 そして冬の名寄は想像以上に寒い。北海道の言葉で言うならば「しばれる」というものだ。寒いを通り越して痛覚を刺激する、肌がぴりぴりと痛い状態。なのに地元の人はダウンなどを着ていない。

 慣れているというわけではなく、基本的に彼らは車で移動するため、ほとんど外に出ないからだそうだ。暖かい部屋から暖かい車に乗り、店に入る。外に出ているのは車の乗り降り時だけ。それなら着込む必要はない。

 だから北海道の人は服装を見れば地元の人か観光客かがわかる。


 とはいえ名寄へ観光に来る客なんて滅多にいない。来るのはほとんどがスキーやスノボ目当ての人だ。冬場の平均気温が日本一寒いだけあって雪質はとてもよいらしく、電車の中でも宿に送らず手持ちでやってきたのだろう、板の入ったバッグを担いでいる人もちらほらいた。


 そしてまた、佐藤さんの家で世話になった。

 僕が来る前には雪下ろしをしていたらしく、屋根が見えていた。手伝いたかったなという気持ちもあったが、素人がやって危ない目にあったら逆に迷惑をかけるのだろうと思いつつ見上げ、ならば年を取ってからここに住むのは難しいと思った。

 幼少からここに住み、経験を積んだからこそできることだろう。たまに来ては心地よさを感じるくらいが僕にとって丁度いいのかもしれない。


 こうして僕はこの名寄という町で数日を過ごす。年老いてもまたこの町へやって来て、やはりいいなと思いながら帰っていくだろう。こういう場所を心のふるさとと言うのだと感じた。


 僕はこの町が大好きだ。

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名寄という町で 狐付き @kitsunetsuki

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