第5話
「……ヴィク、お前さ」
「ん? 何?」
「今まで、何人女抱いてきたんだ?」
唐突にヴィクがむせ込んだ。
口の端から、赤ワインが吹き出すのを、慌ててナプキンでぬぐう。
「ちょっとガッティーノ。出会って二日の相手に聞くには、幾分ナイーブな話題なんじゃないのかな」
「なんだ、童貞か。随分誘い慣れてるから、オレはてっきり――」
「ど……!?」
ヴィクが顔面蒼白になって、口をパクパクさせている。
「No! Aspttei……ど、童貞じゃない! ないっ、けど、ちょ、なんか様子が変だよ、ガッティーノ! なんか顔赤いし」
「んー?」
そう言えば、さっきから少し意識がふわふわしている気がするな。
「まあ、酒、弱いからな。オレ」
「Ma va!? 一口しか飲んでないでしょ?!」
「ああ、いいんだ、いいんだ。ちょっと頭がぼーっとするだけで、別に問題ないから」
「問題ないって……」
ヴィクが外人特有のオーバーリアクションで頭を抱えた。
かと思うと、賀藤のワイングラスをミネラルウォーターのものに差し替える。
「おい、ヴィク。まだ」
グラスにかなり残っているのに。
そう不平不満をぶつけようとしたが、逆に賀藤はヴィクに睨まれてしまった。
「ダメだよ、ガトー。あなたを酔い潰すために、僕はここへ連れてきたわけじゃない」
「んー。けどなあ」
「あのね。ここがどこかわかる? リストランテ。美味しい食べ物を、楽しくおしゃべりしながら、存分に味わう場所なの。お酒は素晴らしい飲み物だけど、酔っぱらった舌で味もわからず帰ったんじゃ、命を賭けて作っている料理人たちに申し訳が立たないよ」
真剣な様子で、ヴィクが訴える。
どうやら、冗談で言っているわけではないようだ。
これがイタリア人の食へのこだわりか、それともヴィク個人の感情か。
賀藤には判別がつかなかったが、少なくとも彼の主張に誤ったところはなかった。
非を認めて、賀藤が頭を下げる。
「そうだな。お前の言うとおりだ、ヴィク。酒はほどほどが一番だな」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
ほっと胸をなで下ろすヴィクを、賀藤はぼんやりと見つめる。
目の前にいる青年――いや、少年はごく普通の子どもに見える。
当たり前のように笑い、泣き、怒り、むくれ、悲しみ、すねる。
――大人と子どもの違いは何かと言われれば色々あるだろうが、賀藤には一つの自説があった。
それは自意識との距離だ。感情との距離、と言っても良い。
子どもは思ったことが顔に出る、すぐに行動する。我慢が効かない。
自分の感情と、自分の意識が密接につながっているからだ。
これが大人になるとそうはいかない。
思っても、顔に出さない。気持ちに行動が追いつかない。
心のどこかで、荒ぶる感情を冷静に見つめる自分がいる。自分の感情が、損か得か、利益か不利益か、冷静に計算するもう一人の自分がいる。
言ってしまえば、今の賀藤がそうだ。
自分の感情は、美味い酒に酔い、年下との会話を楽しみ、素直にこの場を楽しんでいる。
けれど、同時に意識は、ヴィクの顔色をうかがい、相手の出方を用心深く警戒している。
彼が、普通の人間ではないから。もちろん、それもある。
だが一番の理由は――。
「ガッティーノ」
「ん」
「どうしたの? 美味しくない?」
無意識に食べていた前菜のサラダに、タマネギが入っている。そんなことに賀藤は今、ようやく気づいた。
「……いや、タマネギが苦手でな」
「Cazzo! ガトーの嫌いな食べ物は入れるなと言っておいたのに。あとで説教しなきゃ」
「おい。そもそも、オレの嫌いな食べ物なんて知るわけないんだから、勘弁してやれよ」
「何言ってんの。ちゃんと調べたよ。ガトーのことは、一から十まで全部」
いや、さらっと何言った、お前。
「なにせ、これからファミリーに入れる相手のことだもの。調べ過ぎて、困ることはないでしょ」
「待て。ファミリー? 何を言っている」
「……あ、そうか。これは食事が終わってから言うつもりだったんだ。ま、いっか」
「良くない! 今、お前、何の話してる!?」
「えへへ。えーとね。今日からガトーは、ウチのファミリーに入ってもらうことになったから。あ、これ、決定事項ね」
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