Side〝破〟ー5 接触


 #

 こんなにも警察に、身内に、自分に腹立つのはいつ以来だ。

 青野は必死で、冷静に説得をしている。

 けれど私と辻は、家の外。


『なあ、殺すなんて簡単に言うもんじゃないよ』


 青野の声が右耳のイヤホンから聞こえている。

 左耳に当てた携帯電話はコール音だけ。

 電話の相手は警察だというのに、何コールしても出やしない。

 普通、3コールで出るべきなのに。


 かわりに辻が自分の車を蹴り飛ばす音が聞こえた。

 そして怒声も。

「クソッタレ! 課長も半田もでやしねぇ!」

 こっちもだ、と言いたい。

 こっちも、真幌市警への直通はオペレーターが出て、お待ちくださいの後、一向に出なかったし、改めて掛け直したら、ずっとシカトされてる。


「もういい、俺がいく」

「駄目よ。動いちゃダメ」

 辻は警棒と銃を持って、飯田の、青野が説得を続ける家宅へ向かう。

「この三人、私だけで相手なんてできない」

 そう。止めないと。

 だって私は警官だから。

 そう言い聞かせるけれど、納得できない。

 だって、人間だから。


「青野が相手してるのが、キレたガキで武装してたら?」

 辻の声に、私は首を横に振る。

「青野が相手してるのが、マジで爆弾作ってたら?」

「駄目。どっちでも」

「何でだ」

「たら、れば……そんなので動いてどうするの?」

 そう。

 冷静にならないと。


 あれからまだ十分しか経ってないし、目立った動きも無い。


『なあ、爆弾作ってるって本当?』


 イヤホンから聞こえる青野の声は冷静だ。私が慌ててどうする。

 でも……ああ、もう。


 爆弾処理班がいなければ爆弾は処理できないし、交通課がいなければ市民を避難、誘導させることもできない。


 そして彼らを動かせるのは、私たちではなく黛本部長。

 飯田と同じ警官で、薬キメてて、人殺しで、私たちの敵で……。

 そんなやつが、私たちを助ける道理がある?

 こっちには、辻の車には、その共犯の飯田がいるのに、助ける?

 むしろ……。


 #

 辻が車から飯田を引きずり出して、殴り始めた……とっくに気絶させてるのに。


 私だって参加したい。

 てか、焦り、苛立ち、不愉快、疲れ、憤り、疑問……もろもろを込めた弾丸を、ありったけぶち込みたい。

 でも、できるわけがいない。

 だって、まだ不確定だから。


 原理さえわかってたら爆弾なんてサルでも作れる。それはいい。

 でも動機が不明瞭だし、現実的なメリットなんて、ほぼ、ない。

 

 もし、あるとするなら。

 

 黛のくそったれが私たち、激務課の行動を読んでいて、突入と同時に爆発、始末するとか。

 鎌田の馬鹿野郎が激務課を壊滅させるために、何か罠を……。


 そういう工作はあり得る。

 それが警察で国家権力。

 私たちが実際にやってきたことの延長。


 当面の問題は青野の安否と、電話に出ない課長たち。

 緊急回線や無線で、何度も連絡を試みたのに、繋がらない現状。


 どうなってるの? 何があったの?


 #

 時間だけが過ぎていく。

「どうなってんだ? どこまで信じりゃいいんだ?」

 辻は飯田を殴るのを止めていた。

 頭も少し冷えたようで、車のボンネットに腰を降ろしたり、立ち上がったり、質問したり。

 ちょっとは自分で考えなよ。

 私だって、もう……。


 #

 『卑怯者って?』


 聞こえるのは青野の質問だけ。

 心なしか成功に思えて来た。

 

 ふう……ちょっとテンパってしまった。

 バカみたい、私。

 

 相手が相手だから、幻覚とか妄想とか妄言とかあるわけで。

 釣られてあたふたしても、恥をかくだけだ。

 青野は、やっぱり冷静だ。

 

 今度、麻取の講習にでも顔をだそうかな。月一でやってるし。

 最近は警官でもクスリやったりするもんなあ。

 あーやだやだ。そっち系のヤツは相手にしたくない。 


 あ、その前に飲み会があるんだった。

 半田が一般人を、連れ来いって言ってたっけ。 

 私の休みに合わせられて、連絡着くやついたっけ。

 


 てか……そもそも、私は休みを取れるのか?


 しまったあ! 有給申請してなかった!!

 このままじゃ確実に仕事で潰れる!!

 つーか、半田の馬鹿! 事件前に飲み会とか企画しやがって!!!!


 あーあーあー。時間よ、戻ってこーい。

 せめて過去の私に届けー。この思いと現状をー。

 警官にだけはなるんじゃないよー。

 事件と後悔ばっかり。

 もうやだ、この職場……。


「転職、マジで考えてるな?」

 辻だ。

 こいつがいるってことは現実だ。現代日本だ。

 煙草をふかしている。ボンネットから下りて傍観している。

 夢であってほしいような、逃げちゃダメなような、現実だ。


「俺もだ。いっつも、ってことはねぇけど。たまにある。今、俺も自分が嫌になった。なんでこんな仕事してんだ……もっと勉強して、背広組にでもなってれば……時間がもったいねぇ」

 そう言って煙草をポイ捨て。

 もう、いい。今日の所は。

「それより、なんで通じねぇんだ。直通だろ?」

「そうね……妨害電波ってこともないし、トラップ、でもないか」

「トラップねぇ。そんなもん捜査一課にできるなら、俺たちゃとっくに」


 私と辻の目が合った。


 空っ風が吹くのに、辻は額に汗を浮かべている。

 きっと、私も。

 

「村井……なあ、鎌田って激務課撤廃の急先鋒だったよな?」

「ええ」

「鎌田は黛と仲が良い。カニバ事件も鎌田がしゃしゃり出て来て、半田は困っていた。黛がカニバ事件の容疑者で、その証拠が消されるかもしれん、と。そう聞いて俺に言ったな?」

「うん」

「きっかけは、中国マフィア、双頭の組員ナンタラの自白。黛と飯田の名前が浮上し、俺たちは飯田の家……ここに来た。合ってるか?」

「そうね。当たってる」

「じゃあ、鎌田と黛は何で、仲良しなんだ?」

「わからない。一応、社会人なんだから、ゴルフ仲間とか、色々あるもの」

「じゃあ、半田は何に困ってた?」

「証拠が消されること。現場の、女子高の、事件の証拠」

「……事件の証拠でいいよな?」

「そうよ……言い換えれば、事件の証拠をもみ消すために、鎌田は動いていたってことになる」


 辻は煙草を咥えて、火を点ける。


 私も一本、貰って吸った。


 煙たい、不味い、臭い、喉が痛い……でも、ちょっと、ほんのちょっとだけ頭が冴えたような気がする。


「ループしてやがる。ぐるっと。これ、おかしいと思うのは……」

 辻が宙に指で円を描く。

「村井、このループを、おかしいと思うのは、俺が、あそこでイケナイ煙を吸ったせいか?」 

 私は飯田の家を見る……うん。確かにあそこは臭かった。

 正式に調べないと駄目だけど、この煙草より臭くて気持ち悪いのは確かで、辻の疑問は、私も疑問に思ってる。

 

 鎌田は激務課を潰したい。

 黛は犯罪がバレたくない。

 

 だったら、黛にとって激務課は必要で、鎌田が邪魔。

 鎌田にとって黛は邪魔なはずで、激務課は不必要になる。

 

 もし鎌田が激務課を不要とするなら、何故、自分たちで捕まえない?


 証拠が揃っているのに、自分たちで捕まえたり、報告しないのは何故?


  #

 「すんませーん。あんたら、飯田さん?」


 ……っと、びっくりしたあ。

 ああ。ここは天下の往来だった。

 捜査中で、青野の必死な説得も続いているというのに。

 警官なのに、ただの一般人、しかも女の子に声を掛けられて驚くなんて。

 あー情けない。


「俺ら、飯田のツレだけど」

 辻よ。

 たまには、役立つじゃんか、あんた。

「用でも? これから遠くへいく。荷物出したり、人が出入りする。立て込んでる。手短に」

 煙草を咥えたまま掌を差し出して、お引き取りを願う、辻……でもその子、まだ中学生ぐらいで、どっちかっていうと、辻の方があやしい。


「んー、飯田さんじゃねぇの? んじゃ、池谷さん? つーかさ、近くにダチが住んでんだけど。飯田さんか池谷さんの近くによー。おしえて、ちょん」

 なんだ、この子。

 口調がオッサンっぽい。

 キャスケットにコート、スリムパンツ、ロングブーツ……全部、黒。しかもブランドっぽい。

 お洒落っていえなくもないけど、個性的ではないし。

 担いでるのは、ギターケース?


「飯田さんでも池谷さんでもイケイケさんでもねぇよ。大人の関係を邪魔すんな」

 辻よ。オッサンくさい。


「ははっ、失礼しました。おまーさん、お勤めごくろうさーんっす」

 女の子は笑って……敬礼して去っていく。

 なんだかなぁ。

 最近の子はよくわからん。

 私の前を通っていく……柑橘系の香り。


 ん……?

 おまーさん?

 お勤め?


 辻は煙草の吸殻を拾う。

 その視線は、女の子の背中を追っている。

「慣れてやがる。ふざけたり嘗めた口じゃねぇな。俺らが、手を出せないとわかってやがる」

 辻の声が小さい。

 辻が慣れてるって言う人間は、二種類。


 警察関係者か、犯罪者。

 しかも、よっぽど深いところ。


 

 青野、そろそろ、説得を済ませてよ。

 何か、嫌な予感がする。

 


 

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