「新潟県警の取り調べで出るカツ丼は、タレカツ丼って本当ですか?」完全版

庵字

第1章「新潟県警の取り調べで出るカツ丼は、タレカツ丼って本当ですか?」

「今は、そういう行為は『便宜供与べんぎきょうよ』という違法行為になるんだよ。カツ丼どころかコーヒーも御法度だよ」

「え? まじですか?」


 城島じょうしま警部が口元に笑みを浮かべながら答え、保志枝琉香ほしえるかは目を丸くして手帳に書き込む。

 フリーライターの保志枝は、ご当地グルメレポの依頼を受け、東京からここ新潟にやってきた。新潟と聞いて保志枝が連絡を取ったのが、作家の安堂理真あんどうりまだった。理真は新潟在住の作家で、以前保志枝と仕事をした際に女性同士意気投合して以来、連絡を取り合っている。

 理真は作家の他に素人探偵という顔も持つ関係で、新潟県警の刑事たちに顔が利く。それならば「捜査一課刑事さんのおすすめ新潟グルメ」というテーマなど斬新でいいのではないか、と保志枝が理真に頼み込み、こうして新潟県警に取材を行うことが叶ったのだった。


「タレカツ丼以外の、警部さんのおすすめ新潟グルメは何ですか?」


 保志枝が訊くと、城島警部は、


「俺が好きなのは、何と言ってもノドグロだね」

「えっ? コートジボアール代表の?」

「それはドログバだね。ノドグロっていうのは日本海で獲れるアカムツという魚で、喉の中が真っ黒だからそう呼ばれるんだよ。こいつの塩焼きが素晴らしく美味くてね。身に弾力があって脂も乗っていて、焼いてパリパリになった背びれや尾びれまで旨みが乗っててね、最高だよ」

「ふむふむ、ドログバの股抜き……じゃなくて、ノドグロの塩焼き、ですね。職務中に失礼致しました!」


 保志枝が敬礼をすると、警部も笑いながら同じポーズを返す。


「理真先輩、由宇ゆう先輩、次はどちらさまに?」


 保志枝は理真と私の顔を交互に見てくる。私、江嶋えじま由宇も、理真が探偵活動をする際のワトソン役である関係から、一緒についてきたのだ。探偵、ワトソンともに女性のコンビなのだ。


「次は丸柴まるしば刑事に」


 理真は机に向かっている女性刑事を紹介した。県警捜査一課の紅一点、丸柴刑事はセミロングの髪をなびかせて振り向く。


「こ、この方が噂の丸姉まるねえさんですか! かっこいい……」


 保志枝は、理真が丸柴刑事を呼ぶ愛称を口にし、頬を染めて女刑事の顔を見つめる。丸柴刑事は「よろしく」と微笑みを返す。相変わらずの美人だ。この絶世美人がおすすめする新潟グルメとは?


「万代シティバスセンターのカレー! 新潟グルメといったらこれよ!」


 何と意外な。


「丸姉、もうちょっとオシャレなのないの?」


 理真が声を上げると、


「何言ってるの! バスセンターのカレーこそが至上でしょ! あの毒々しいまでの黄色さ!」


 褒めてるのか? まあ、確かにあのカレーは美味い。時たま無性に食べたくなる。


「食べられる場所がバス待合所の立ち食いコーナーっていうのがカッコいいでしょ。出入りするバスを眺めながら、待合の一角であのカレーを食べる風情ったら……」

「琉香ちゃん、次行こう」


 得々とカレーの魅力を語る女刑事をあとに、私たちは次の取材先に向かう。


 中野なかの刑事に話を聞くことにした。私や理真と同年代の若い男性刑事は、


「やっぱりあれですかね。イタリアン――」

「それは禁句よ、中野刑事!」と理真が割って入り、「中野刑事、私たちがあの食べ物を『美味い』と思っているのはね、『刷り込み』なのよ。幼い頃から何の疑いもなく食べているから、慣れてしまっているだけなの。あれを美味いと思っているのは新潟県人だけなのよ!」

「あ、安堂さん?」


 長身で屈強な中野刑事も、理真の迫力に圧倒されて椅子を引く。


「だって考えてもみて。太麺焼きそばにトマトソースを載せて、ショウガを付け合わせた異様な見た目。ソースを絡めた麺を口に入れると、何だこれ、甘いのか? しょっぱいのか? 不思議な味が舌に載る。さらに、つるつるでもちもちの太麺が、もやしとキャベツのしゃきしゃきと交わる、あの食感。おまけに『カレー』と、甘さを増した『ホワイトソース』に加え、季節ごとに限定の味を取り揃えたラインナップの豊富さ。ちなみに私のおすすめはカレーよ。オリジナルのトマトソースもいいけど、あのもちもち太麺に最も相性が良いのはカレーなの。麺自体のほのかな甘みとカレーの辛さのせめぎ合いが絶妙なの。

 でもだからといって、他県からのお客様に安易にイタリアンを食べさせるのは危険すぎるわ。あれを『美味い、美味い』と言いながらすする新潟県人の姿に、他県の人は強烈な衝撃を受けるのよ。他県人にとって『イタリアン』はカルチャーショック以外の何ものでもないのよ!」

「り、理真先輩! 私、そのイタリアンっていうの、食べてみたいです!」

「食うなよ! 絶対に食うなよ!」


 いつの間にか私たちは、呆気にとられた中野刑事を残し、三人で捜査一課室をあとにしていた。


 私たち三人は昼食にバスセンターのカレーを食べ、夜には、タレカツ丼、のどぐろを始め、黒崎茶豆くろさきちゃまめ村上牛むらかみぎゅうと新潟グルメを満喫した。「取材費」として保志枝が領収書を切ったことは言うまでもない。



「理真先輩、私、お土産に新潟にしか売ってないお菓子を買ってこいって友達に頼まれてるんです。何だったかな? 前菜の大型新人みたいな名前の」

「『サラダホープ』ね、駅にも売ってるわよ」


 翌朝、駅の売店でサラダホープを買い与え、私と理真は保志枝が乗った新幹線を見送った。


「さて、理真、今日の夕飯何にする?」

「そうね……私たちもイタリアンにしようか」

「あは、いいね」


 保志枝は昨日口にしなかったイタリアンを購入していた。新幹線の車中で食べて、感想をすぐに理真にメールすると言っていた。


「お、琉香ちゃんから」


 早速来たか。どれどれ、と私も理真の携帯電話を覗き込む。


「ふふふ……」

「ははは……」


 私たちはメール文面を見て乾いた笑い声を上げた。

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