6 クリスタルの罠
キャンプ地に向けて飛ばす艇の中で、レイは後悔に震えていた。
どうして今まで、気がつかなかったのか!
全てが、答えを示していたのに!
粉のような粉砕された砂。ガラス状の石。地軸傾斜緯度でくっきり分かれる植生と地形。森林地帯と多年草の緑の大地と、速生の一年草しか見られない乾燥した大地。
――全てが指し示していたのに! グレース博士の発見の知らせを聞くまで、気が付かなかった。
キャンプ地が見えた途端、フィルが叫んだ。
「なんてことだ!」
そして、絶句する。
そこに、キャンプ基地は存在していなかった。辛うじて残る熔けて曲がった鉄骨が、その場所を示すだけだった。調査船『ハコフグ』は、飴のように熔けた金属の塊になっていた。
ものすごい高温で熱せられた果ての残骸だった。
視線を西に向けると、巨大なクリスタルレンズが悠然と流れていく。その下で炎が揺らめいているのが見えた。
艇を離れた場所に止める。機体から出ると熱い空気が吹きつけてきた。踏んだ地面が、しゃりしゃりと乾いた硬い音を立てる。辺り一面、陽炎が立ち、空気が揺らいで視界が白くぼやける。
レイは立っていられず、その場に膝をついた。顔を覆う。
――僕の責任だ。僕こそが、気づくべきだったのに。
これほど離れていても地面が熱かった。膝がちりちりと焼けていく。
「モルト教授!」
フィルの声にはっと顔を上げた。ゆらめく陽炎の中から、人影が幾人も現れる。モルト教授の顔は火傷で赤く腫れており、衣服もぼろぼろだった。その肩に担いで、意識のない動物学者のマキノ博士を引き摺るようにして運んでくる。クルーや調査員達が集まってきた。
歩けるという意味で比較的無事だった者が5人、重傷者6人、死者1人。他にキャンプを離れていたために無事だった者がレイ・フィル含めて6人。
間もなくグレースの乗った軽飛行艇も到着し、ゴメスとベナルドのバギーも1時間遅れて到着した。
敷物や服で間に合わせの床を張り重傷者を寝せる。軽飛行艇にあった医療キットから火傷の薬を見つけてきて処方した。カルッソとグラスゴーが極めて重かった。モルトの警告を鼻で笑って逃げ遅れたカルッソをグラスゴーがひっつかんで来たと聞く。それで、グラスゴーまで重症を負ったのだ。
「船長は……」
副船長のキム・ワンが放心したように話した。目が真っ赤だった。その彼も身体の左半分にひどい火傷を負っている。
「船を捨てられなかったんです。駆け戻って船体にバリアーを張ろうとしたんですが、間に合わなかった。船は、レンズの熱量に耐えられなかったんです……」
そして、右腕で目を擦った。ラムがトサカをへなっとしおらせてうつむいていた。頭とトサカの半分が焼けている。
「どうして、あんなにきれいなレンズが……。他のクリスタルは、みんな多面体カットなのに」
グレースが信じられない、と声をあげた。
「最低一つはある可能性に気づくべきでした」
レイが沈んだ声で応えた。みんながレイとグレースの言葉に耳を傾ける。
「ここの惑星は、一度全面的な破壊に見舞われたのです。みなさんの調査で判明していた事でした。これほど好条件の惑星に、文明はおろか知性生物の片鱗もなかったこと事態が異常でした。おそらく、かつて大規模な戦争かなにかあったのかもしれません。クリスタル組成の衛星を巨大なレンズにしたのです。衛星大のレンズです。それで、惑星の隅々まで焼き尽くした。全てが滅んだことでしょう。そして、その破壊兵器であるレンズ衛星も破壊された。推測に過ぎませんが、たぶん、結果的にはそういった事情であったと思います」
「そうか!」
グレースが叫んだ。
「だから、一つはレンズ状のクリスタルができると! レンズ衛星は粉々に砕けて、多面体カットのクリスタルが無数にできたが、レンズ衛星の表面の一番中央の部分、これは、どうしたってレンズの曲面のままとなる!」
「はい。少なくとも表層部の最上部部分と最下部部分。それぞれ、一つずつはレンズ面を持つクリスタルができるでしょう。実際は、もっと存在している可能性もありますが」
「そのレンズが、正南中地点を焼いて回っているわけか! だから、ガラス状鉱石が」
モルト教授が納得したという顔で頷いた。
「毎年毎年焼き尽くされ、それで、南北回帰線内の低緯度地帯は、土壌が痩せ、保水能力も失い、命さえ育たない焦土になっていたのか」
「では、そのレンズのクリスタルを破壊すれば、この惑星は再び緑を取り戻せると。そういうことですね? 教授?」
副船長が確認する。モルト教授は困ったように、ぽりぽりと顔を掻いた。火傷の比較的浅い顔の部分がかゆい。
「まあ、理論上はそういうことだな。全ての結果は調査の後だが……その調査のデータも船ごと全部なくなっちまったな……」
「それを聞いて、少しほっとしました。ここが植民され豊かな世界になれば、船長も少しは浮かばれます」
副船長はぽたぽた涙を落とし、ついには男泣きに泣き出した。いろいろ欠点もあったが、ドボルスキー船長は部下思いのいい船長だったのだ。
***
赤い残像を残して夕暮れが訪れる。熔けて曲がった鉄骨が黒々と、夕日に墓標のように浮かんでいた。
やがて、辺りは真っ暗な闇に閉ざされ、疎らな星が空に輝きだす。星の間から深淵の闇が透けて見えた。この辺りでは、天の川さえ細く頼りなげな儚さだった。
その星空をバックに、クリスタルの透明な姿が星のきらめきに輝きながら漂っていく。
クルーも調査員達もみな思い思いに地面に寝転んで眠っていた。
明日は豪雨の日だった。雨の降る前に全員で北へ移動することが決定している。
彼らに残されたのは、バギー一台と軽飛行艇2機。燃料は積んであるだけ。それだけだった。すぐに、食料と水の問題が生じる。
さらに、重傷者もほっておけない。満足な治療もできないので、感染症の併発も怖い。早く救援を要請する必要があった。しかし、バギーと軽飛行艇に積載している通信機では、宇宙空間を越えて太陽系へ救援信号を届けることは不可能だった。
希望は一つ。極北の地。唯一、レンズで破壊されなかった土地。そこに、古代の文明の残余が残っているかもしれない。一か八かの賭けだった。
「たった一つ。その装置さえあれば。そうすれば、救援を呼べる」
レイが祈るように呟いた。ぶるっと身を震わせる。夏季とはいえ、NN3578から遠いこの世界の夜は冷える。冬季には全てが雪と氷に覆われるのだ。フィルはレイの身体を両手で抱き締めて、胸の中に引き入れた。レイの手が彼の背に伸び、すがってきた。
レイはまだ、自分を責めている。なぜ、もっと早く気づかなかったのかと。せめて、着陸地点を高緯度に求めていれば、この度の事故は防げたはず。船から初めてクリスタル・リングを見た時点で、なぜ、気づかなかったのかと。
誰かが身じろぎする音が聞こえた。しかし、フィルはレイを抱きしめ、優しくキスをした。自分が付いている。側にいる。一人で抱え込むなと告げたくて、フィルは抱きしめる腕に力を込めた。
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