第九十九頁 移動要塞ザンバラ 2

 ピーッ!


 という音でもあればまだ可愛げがあったかもしれない。

 無数の光の穴から放たれた光線群は、気味が悪いほどの無音と共に、真下にいるガガに集中するように一斉に降り注いだ。

『あああ゛ッッ』

 声にならない呻き声と共に、ガガはうつ伏せに倒れこんだ。

 車が横転するように真横になったコクピットで、街田とらいふは床、ではなく壁に仲良く激突した。街田は丁度らいふの小さな身体に覆い被さる形になり、「うぇっ」とらしくもない声が、らいふから漏れた。

「……えっち」

「それどころでは無いだろう」

 一切気の利かないコメントしか出なかった。今に始まった事ではないが、この状況で予想外なコメントを余裕で吐けるらいふが時折羨ましくなる。

「ガガ!大丈夫か」

『く……そ……熱っつう…………』

 咄嗟に、身を守るように全身を丸めたガガの、プロテクタの間から露出した背中は無惨にも焼け爛れていた。肝心のプロテクタといえば、全くの無事。ザンバラ同様何なのか分からないが、よほど頑丈な合金でできていると見える。

「らいふ…冷たい目をされるのを覚悟で言うが…」

 街田は何とか椅子の背もたれに手をかけ、物申す。

「あの肌の露出、無意味なのではないのか。全身プロテクタならまだ…」


 ピンッ!と張り詰めた空気がコクピットを支配する。

 始まるぞ。らいふの氷のような超絶冷たいアイビームが。


「え…………えろくてかわいいもん………」


 街田はもう何でも良いかな、と思うほかなかった。


「そこまでですか、人間…そしてあんたは宇宙人かい。報告に無かったよ、こんな宇宙人がいるなんて。このサイボーグが巨大化するなんて流石に想定外だけど、僕の"ザンバラ"の敵じゃあないね!」

 少年がコクピットから挑発する。生身のケンカは当然ながら弱いが、こうやってロボットに乗ってしまえば正に水を得た魚、向かう所敵なしといった無敵状態だ。それゆえに、態度もますますデカくなる。学校で言えば体育の授業ではからっきしだが、理科の実験で生き生きしだすオタクタイプだ。

 ただ、ガガ本人はそれを聞いてなのかそうでないのか、ニヤリと口角を上げてみせた。

『宇宙人ちゃん…それだけじゃないぜ。このプロテクタは…機能美ってやつだ…』

 ダメージを受けボロボロになったガガの露出した背中が、パックリ二つに開いた。

 中からは、また複数の鋭利なミサイルが顔を覗かせていた。

『ホントは後ろを取られた時のためなんだけどさ』

 打ち上げ花火のように、20発はあるであろうミサイルが上空を埋め尽くす立方体に向けて発射された。

「何ッッ」

『しゃあっ!』

 ラサが取り乱す間も無く、ミサイルは立方体の群れを劈いた。十数発が漆黒の夜空に消え見た目には空振りに見えたが、残りのほんの2〜3発に手応えがあった。

『元々は後ろを取られた時のための切り札なんだけどな。こういう使い方もあったな〜』

「浮かれている場合ではないぞ」

 暇も与えず次のビーム群がガガを襲った。

『しつけーな!』

 ゴロゴロ、と地面を転がるようにビームを避ける。当然中の2人はシェイク状態になり、漫画のように部屋ごとぐるぐると回転した。今度はらいふが街田の上に勢いよく飛び乗る形になったが、重さは感じなかった。宇宙人ならではの体質なのか、文字通り猫のように軽いサシとはまた違ったふわりとした不思議な重力のみがあった。

「かっこいい避け方」

『照れるなァ宇宙人ちゃん』

 冗談を飛ばしながら立ち上がり態勢を整える。

『やられてばっかじゃいられねえからな』

 また両手を構え、次はザンバラ本体に向けて攻撃を開始した。


「戻れ!!」

『チッ!』

 勘がいいか予測していたか…おそらくは後者だった。ラサの合図と共に空中に散らばった立方体は一気にザンバラの体中に戻り、また強靭な装甲としてその個体を納めた。ガガの銃弾は耳を刺すような高音と共に、巨大ロボの皮膚に跳ね返された。

「そういう事か」

『なるほどな〜』

「顔がそっくりですね」

 1人を除いてほぼ全員が理解した。


 あの恐ろしい立方体の群れは所謂ザンバラの皮膚、装甲だ。それが一気に空中に散らばり攻撃態勢を取る。

『ゲームでよくあるパターンじゃねえの』

 もちろんその間ザンバラのボディは丸裸状態となる。もっともこの土偶のような奇妙なロボットの装甲の下は、巨大で真っ黒い球体が不気味に浮かんでいるというヴィジュアルだった。

「あれが弱点という事か。慌てて装甲を元に戻したのがわかりやすかったな」

『そうなんだけどさ…』

 ガガは何か考え込んでいる様子だったが、意を決したように地面を蹴った。大きな体中に傷があるが、まだまだスタミナは健在であるようだった。


 ガガはザンバラの周りを円を描くように駆け回りながら、次々と全身から武器を繰り出した。あのキューブ状の装甲が厄介であり、接近戦は望めない。

 ザンバラのボディは今のガガよりもひとまわり大きい。例えるなら小柄な少女と重量級のプロレスラーといった具合で、その分スピードについてはガガが勝っている様子だった。

「近付けないなら飛び道具で行くしかないのかね」

『さっきからやってるだろ!』

 街田は、そうだな、という具合に顎に指をそえ、モニターを凝視する。

「ちょっと殴りかかってみてくれないか」

 突然の指示。

『今飛び道具しかねえって言ったよな?落ち着けよなおっさん』

「いや…」

 いいから行けよ、と街田は目で訴える。街田の顔がガガに見えているとは思えないが…。

「小生は冷静だ。少なくとも動き回ってるお前よりはな」

『んだとぉー…』

 いつもの事ながら険悪なムードになるが、「ガガ、お願い」とらいふにまで虫の泣くようなウィスパー・ボイスで頼み込まれたので、さすがの巨大ロボも揺らいだ。

『宇宙人ちゃんまで…』

 観念したように、ガガは構えの姿勢を取りザンバラに突っ込んだ。どの角度から突っ込んでも飛び散る装甲のブロックに文字通りブロックされる事は分かり切っている。

 彼女が数十メートルに近付いた事を感知し、またザンバラのツルリとした表面に格子状の亀裂が入り、分解し放出された。

『わっ!だから無理だって!』

 ブロックはそれぞれガガに物理的に接触しにきたり、先のように無音のビームを放ったりなど様々な方向で攻撃してくる。プロテクターを駆使し何とか躱し切るが、結果は今までと同じだ。近付き、接近戦に持ち込む事が出来ない。

 結局、ガガはまたザンバラから距離を取り防御のポーズを構えた。


「らいふ。お前、目はいいか」

「…カラテカ級…」

 やはり意味は分からないが、良いのだろう。空手家は動体視力を鍛えているはずだ。

「よし、ガガ。今の一連の動きを何度か繰り返せ」

『はぁぁー!?』

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