第九十二頁 グルーヴ・ウェポン 2

 時間は遡り、桜野踊左衛門ウィズ椿木どるが、四天王のひとりであるクライスと戦い出した頃。


 街田康助、松戸ガガは同じく四天王のメンバー、スミレとダスピルを撃破したのち、とりあえず目立つあのビルを目指して歩いていた。本来ならば星凛の駅があるあたりに、この星凛には似つかわしくないえらく巨大なビルが聳えている。見るからに怪しい。

「小生はあそこにサシがいるのではないか、と踏んでいるのだが」

「ちょっと漫画の読みすぎじゃあねえの。小説家のくせに。ありゃフェイクだよ。サシちゃんは全く別の場所にいる。アタシの勘がそう言ってるぜ」

「勘、というかメモリに溜まった統計ではないのか。それこそ漫画の」

「るっせーなあ!サシちゃんへの愛は科学じゃ説明できねえぜ…」

 いつもの痴話喧嘩だが、急に似合わないくらい真面目な表情になってガガは切り出した。


「なあ。おっさんさ、サシちゃんの事どう思ってんの」

「……」


 まるで中学生の恋話(コイバナ)のような、センスも何もない切り込みだと街田は思った。

「どうって、何だ」

「そのままだよ」

「居候」

「そのままじゃねえか!」

 お前がそのまま聞いてきたんだろ、という表情をして街田が付け加える。

「お前が期待している答えでなく悪いが、言うなれば利害関係だ。あいつは小生に憑いた"犬"に干渉できた。あいつは記憶もないし寝ぐらもない、小生は犬と何とか決別したい。なんていうんだ、お互いに利益があるあの」

「ウィンウィンだ!」

 やたら得意げに人差し指を突き出すガガを一瞬ほんの少しだけ、可愛い奴だなと思ってしまった自身を街田はどつきたかった。

「お前、"犬"と決別したいわけ?さっきの凄かったじゃん、アタシとか幽霊ちゃん(桜野のこと)とも互角にいけるんじゃないの。アタシが勝つけどな!」

 どん、と胸に拳を当て、余分な主張をする。街田がサシに恋愛感情は抱いていないと分かって、少々浮き足立っているかに見える。ここだけ見ると、年頃の娘だ。

「そうだな。決別したい、と願うね。あれが…」

「あれが?」

「小生のだな」

「なんだよ」


「小生の時間を…止めているのだ」


「そっか………」


 ガガの阿呆は、ギャハハハ、さすが作家様は表現のしかたが違うぜ、と爆笑しやがるのだろうな、と思ったがそうではなかった。街田は思わぬ肩透かしをくらい、少々動揺した。

 ガガは遠くに見えるビルの方を、いや、おそらく更にその向こうを見つめていた。遠い目というやつだ。


「そういうお前は…」

 街田は言いかけて、やめた。ガガの事は何だかんだ言って嫌いではないが、過去に干渉するまで野暮なつもりは無かった。

「クソみたいな科学者がいてさ。アタシをこんな身体にしちゃったんだよ」

 やめておいたのに、いきなり話し始めた。

「そいつはもう死んじゃって居ないんだけどさ。死んでからもそいつの事ずっと恨んでたんだよね。そりゃあそいつさえ居なけりゃ、アタシの人生安泰だったからさ。こんなとこで…あ、表の世界な、ライブハウスの店員やってないで、もっとビッグになってたぜ」

 片手で、もう片方の肩をさすりながら続けた。

「恨んで恨んで恨みまくったぜ。油断しちまった自分自身にもさ。…でも、変わった………」

「暮井明日美」

 ガガが、サシに投影していたかつての親友だ。

「そうだ。あんたにとっちゃ誰って感じだろうけど、アスミと出会って色々変わったんだよ。人間の時のアタシもアタシ、兵器みてえな身体になってもアタシはアタシ。今じゃこの身体、すっげー気に入ってるよ」

 街田は驚いた。ここまで儚げな顔をできるのかこいつ。

「サシちゃんがアスミの代わりになるとはもう思ってねえよ。でも、アスミとサシちゃんだけなんだ。こんな訳の分からない、下手に触ったら自爆でもしかねない身体のアタシを思い切りぶん殴って叱ったのは。アタシが人間とか改造人間とか、関係なく接してくれたんだよ。顔が似てる、なんてのは二の次だ」

 ガガにとってアスミとやら、そしてサシは恩人と言える存在という事か。


 サシは驚くほど無邪気で純粋だ。見た目の歳よりも幼く見える時がある。それはおそらく記憶を失くしているからだろうが、時折とても不憫だという感情に襲われる。ガガだって大概だが、サシは謎に包まれている。彼女がどういう存在なのかは、未だに分かっていない。時々サシは、そういった辛さをひた隠しにしながら明るく振舞っている節もあった。

 街田は人に同情する事は無駄だと思っていたから、このような感情に襲われる事に苛立ちに似た違和感を感じずにはいられなかった。


「だから!サシちゃんは絶対助け出すぜ。悪魔クンが何考えてんのか分からねえが…」

 ニヤリ、と街田の方を見て笑った。

「サシちゃんはアタシのもんだ。血ぃ見せてでも取り返してやんぜ」

 まるでカミソリの刃のようにギラギラした眼は、宣戦布告のような、強がりのような、色々な感情が入り混じって見えた。


「それは敵いませんよ」


 突如、目の前にひとりの少年が現れた。とは言えいきなり出現したわけではなく、シンプルに路地裏からスタスタと歩いての登場だった。

 背は2人よりも低く、優等生のようなビシッとしたスーツに身を包んでいる。短い金髪の奥には、美少年という言葉が似合う耽美な顔立ちが確認できた。

「魔王スリル直属四天王の一人、ラ・クリマ・サンドキャッスル2世と申します。長いので…どうぞラサと呼んでください」

 両手を広げ、挑発するように爽やかに笑って見せた。時代錯誤なほどにキザったらしい。

「なんだ、いけすかねえがまだガキだぜ…さっきのスミレとかいうのより子供だ。さすがにアタシも子供いじめる趣味はねーぞ」

「油断するなよ。こいつも四天王らしいぞ。妙な能力を持っているかもしれん」

「言われなくても分かってんぜ…バケモンに変身したりするかもな」

 ガガは少し構えながら質問した。

「アタシのサシちゃんはどこだ!無事なんだろーな!」

「目的は何だ。カインが指示しているのか」

 街田もとりあえず聞いてみた。

「やだな、複数の質問に一気に回答するものじゃないですよ、僕の能力は…」

 いけすかない。

「ただ、ひとつだけ…サシさんはあのビルの中に居ますよ」

 ラサは自身の後方にあるビルを指差し、あっさり答えてしまった。

「ガガ。どうやら小生の読みが…」


「ミディ・サーーーーーーーーフッッッッ!!!」

 突き出したガガの右腕がパクっと二層に分かれ、内部の幹から拳が押し出され一直線に飛んでいった。

 拳は見事ラサの顔面を直撃した。

「ぶぇっっっっ!!!!」

 あんな鉄の塊が顔に当たれば当然の事、ラサは激しく鼻血を噴いて仰向けに転倒した。

「ガキ、てめえに用はねえ!おっさん行くぞ!あのビルだ!」

 ガシャン!と右腕はガガの元に舞い戻り、彼女は一目散にビルの方向に走っていった。両脚の脹脛がまたパカッと開き、ブーストの炎が射出される。

 子供はいじめないのではなかったのか。それよりも。

「馬鹿、待て!突っ走るな!」

 この子供が四天王という事が本当なら、こんなもので終わるはずがない。


「く、くそっ!なんて奴だ……殴った…スリル様にも…スリル様にも殴られた事ないのに!!」

 ラサという少年は泣きながら袖で鼻血を拭き、胸ポケットから何かを取り出した。


「やれ、グルーヴ・ウェポン!標的はこの人間達だ!」


 ラサの胸ポケットから取り出されたのは奇妙な人形だった。街田の知識が正しければ、縄文時代の遺跡から発掘された土偶のような、不気味な出で立ちをしていた。

 人形から、眩い光の粒が無数に放たれた。

 それは緑色の蝶のように見え、あっという間に辺りを、空を、街を染めていった。

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