第七十五頁 異世界そして四天王 2

 とあるビルの屋上。


「キャハハッ!サイバーローズがやられちゃったねぇ」

 不気味なフランス人形を抱え、赤毛の短いツインテールを揺らしながら、少女が無邪気に笑う。

「フンッ!ガッツが足りない!そして熱さが足りないのさ!奴は我ら四天王の中でも最弱!面汚しってやつよ!」

 ガタイの良いスポーツマン風の男が憤る。

「いやいや、彼は四天王じゃあないじゃないですか。今ここにいる僕達全員で、四天王ですよ」

 小柄だが、頭の良さそうな少年が訂正する。

「キャハハ!そうそう!」

「いや…俺たちはこれで四天王と言えるのか?無理がないか?俺はハッキリしない事は好かないぞ。何故なら誰よりも熱い男だからな…」

「いいんですよ」

 少年が反論した。

「カイン様が、そう言ってるんですから」

「ま、まあそうだな…カイン様はこの魔界で最も熱い男!あの方が言うのであれば…」

「ちょ、ちょっとクライスさん!兄ちゃん…サイバーローズの事、悪く言わないでよ!」

「キャハッ!可愛いクワガタさんが何か言ってるよ」

 ピシュッ。

 目にも留まらぬ速さで、少女は親指と人差し指でクワガタ虫の顎の片方をつまんだ。

 説明するまでもなく、サイバーローズの事を"四天王"に知らせに来たビートル=Oだ。さすがのクワガタも顎を片方つままれては、挟む事もできない。

 挟んだら挟んだで、何をやり返されるか分かった物ではないのだが。

「ハッハッハ!この魔界では熱さが足りない者は生きる資格なし!サイバーローズもついでに貴様も、トレーニングして出直すんだな!もっと熱くなれ!」

「まあまあクライス。熱くなりすぎも良くないですよ。スミレも離してあげて」

「キャハハー、ラサったらいつでも良い子ちゃんなんだから」

 スミレと呼ばれた少女はパッと指を離した。急に自由になったクワガタムシはバランスを崩しかけながらも、なんとか姿勢を保って飛ぶ。

「良い子なんかではないですよ。人より少し落ち着いているだけ…」

 華奢で病弱そうな身体つきに似合わない不敵な笑みを浮かべる少年ラサを見ながら、だから"四天王"に会うのは嫌だったんだ…とビートル=Oはここに来た事を後悔した。


 大体前から謎だと思っていた。彼らはどう見ても3人しかいないのに何故、四天王なんだ。あとの一人を見た事がない。

 所詮下っ端、伝令やスパイ役の彼にとって"四天王"には未知の恐怖があった。


 ……


 ここは魔界らしい。自分はあの魔法陣に飛び込み、魔界に迷い込んでしまったのだ。カインは魔界から人間界に来たような事を言っていたが、ここがそうなのか。自分がガガや桜野、椿木どると共に解読したあれは魔界への入口を開ける儀式だったという事だ。

 桜野は何故あの方法を知っていたのだろうか。疑問は残る。

 しかし、どんよりした黒い空、霧がかった空気、殺伐とした荒野、怪しい祠や建造物といった魔界のイメージとは違うのでいまいち実感が沸かない。ほとんど晴れた日の星凛町と相違なく、ただ周りの建物だけが"センスがない"というだけだ。他は特に変わらない。よく見れば人や車も歩いて、走っている。彼らも悪魔なのだろうか。

 サイバーローズが言っていたように、瘴気は漂っているらしい。そこは魔界的であるようだ。ただ、瘴気とは何なのかいまいちよく分からないが。

 何だかんだ考えながら歩いていると、カラフルな妙な住宅の屋根の向こう、ある物が目に付いた。

「何だあれは…」

 驚いた。少し向こうに見たこともない大きなビルが建っている。場所からして駅の辺りか。

 それも都心にあるような高層ビルだ。30階はあるだろうか。下町の部類に入る星凛町にあんなものは、無い。マンション以外はほとんど低い建物が並ぶこの町にはあまりに不似合いな、取って付けたコラージュ画像のようだった。

「なるほど」

 ただ、あれをもってここがやはり星凛町とは違う"どこか"である確信が持てた。所謂パラレルワールドのようなものだろう。一見いつもの見慣れた風景かと思えば、所々が違っている。SFでよくあるパターンだからなのか、小説家という職業柄なのか、それを直感で理解した。

「あまり、暴れてくれるなよ」

 街田は誰に対してなのか、一言釘を刺してからまた歩き出した。


 ……


 ……


 ……

「んん〜……」

 スラリ、という金属音の後に、首元に何か冷たいものが当たる感触で、椿木どるは目を覚ました。

「んんー?」

 桜野踊左衛門が、妖刀"朱蜻蛉"をどるの首筋にピタリと当てている。

「ひぃーーーーーー!?」

 どるが叫ぶと同時に、桜野は妖刀を引っ込め、細い腰に紐で巻きつけた鞘に収めた。

「な、ななな何すんの!?首!私の首がーっ!」

 どるは死を直感したショックでパニック状態に陥りかけ、部屋の隅に避難した。

「ま、待て待て椿木殿。これは冗談!冗談でござる」

 あまりに取り乱し、その辺の椅子を投げようと持ち上げたどるに桜野は逆に驚いてしまい、慌てて種明かしをした。

「じょ、冗談…やめてよ桜野さん、桜野さんの心は読めないんだから、判断に困るよ…」

 ハーハーと息を切らしながら必死の抗議を行うどる。これまで人が冗談を"言っている"か"いない"かは彼女の"サーチライト"が全て読み取っていたので、何を考えているかが読めない幽霊の桜野の冗談は恐ろしいものがあった。

 もっとも寝起きに仕掛けられては、たとえ心が読めても同じなのだが。

「か、かたじけない。慣れない事はするものではないな…」

 桜野とて、死んでも武士。真面目な性格ゆえに冗談を飛ばす、ましてや命とも言える刀を使ってなど元々やるはずも無かったが、街田や、どる達と一緒になってからは少しずつほぐれてきていた。彼女なりの精一杯の友情表現だったつもりなのだが。

「てか、もう放課後…?あれ、今日って…」

 目覚めたのは学校、自分のクラスの教室。日は傾き、西陽が差し込んでいる。もう放課後のようだ。

 しかしどるには今日一日何があったのか、どうしても思い出せない。授業中に居眠りをしてこんな時間になってしまったのだろうか。

「椿木殿。拙者は幽霊ゆえ、休む事はあるが眠るという事をしない」

「いいなぁ〜。超能力があっても眠気には勝てないし、よく授業中も怒られるんだよねぇ」

「そういう事では無く、だな…」

 桜野は呑気などるを諭すように今の状況を説明した。


「はい?まかい?」

「左様。魔界にござる。我々は魔界に来てしまったのでござる」

 しばしの沈黙。どるは必死に脳の中で状況を整理してみた。

「我々が住まうのとは違う、悪魔や魔物が住む世界、それが魔界でござる」

「もう!アホだけどそれくらいは知ってるってば!」

 どるは当たり前の解説をする桜野にツッコミを飛ばし、

「ってことは、私達魔界に来ちゃったって事?」

 状況を理解した。

「先程から、そう申しておるが…」

「でもここ学校だよ?魔界ってもっとこう岩でゴツゴツしてて、どんより曇ってて雷とか鳴ってて、モンスターとか悪魔が沢山いるものじゃないの?」

 どるは魔界と聞いて万人が想像するであろう魔界予想図を、恥ずかしげも無く堂々と展開した。ほとんどロールプレイングゲームの世界での知識である。

「拙者も魔界というものがどういうものなのかは存ぜぬ…地獄は、絵でならば見た事がござるが」

 なるほど死人とは言え、幽霊だからまだ地獄も天国も知らないわけか…

そういえば桜野さんは前に、自分が成仏したらきっと地獄行きだと言っていたっけ。敵とは言え大勢の人間を斬ってきたから。でもそれは仕事じゃない?

 どるが妙に感心したり感慨に耽っていると、桜野はツカツカと教室の窓へ歩いて行ったと思えば、ガラッと勢いよく窓を開けた。

「外を見なされ、椿木殿」

「んん?そっちには校庭があるだけじゃ…」

 そう言いながら、窓から外を見たどるは驚きの声を上げる事となる。

「……何これ!?」


 突然だが、イタリアに「コロッセオ」という古い円形の闘技場があるのをご存じだとは思う。今は観光地となっており、観客収容数5万人、階段状になった客席に囲まれ、戦士達が腕を競い合うリングがあるというものだ。超有名で、世界史や地理はこれまた苦手などるだって確か知っている。

 それ的なものがここにあった。校庭があるはずのスペースが、まるごとコロッセオのような闘技場になっていた。

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