第四十四頁 暴いておやりよ椿木どる 1

 隣、本城玉恵。私の事は嫌い。お互い災難ね。

 前、橘高希。私の事は嫌いとまでは行かないけど、気持ち悪いと思っている。そりゃそうね。

 後ろ、内田カナエ。私の事は嫌い。消しゴムとか投げて来なきゃいいけど。

 窓側の席になったのはいいけど、前後と隣が私の事を良く思ってない子達なのはまあ、仕方ないというか… せめて興味ない子なら良かったけど。そもそも、私を嫌ってる子の絶対数が多いからどうしてもこうなっちゃうんだけどね。気にしない、気にしない。私だって嫌いな子の1人や2人はいるんだから、私だって嫌われて当たり前よ。ほら、本城さんたらもう机がちょっとあっち側に寄っちゃってるし。苦労おかけします。

 まあ幸いなのは、3人とも"人が集まる"タイプじゃあなくて、"人の所に集まりにいく"タイプなので、この私の席周辺に皆んなが寄ってくる事はなさそうね。心置き無く音楽と読書にはげめるってもんだわ。図書室でもいいんだけど、昼休みや放課後以外は10分とか短い時間だし、わざわざ行くのも面倒なのよね。

 そういえば今日は大好きなネズミーネコバイツの新譜発売日だ。帰り、珠美でも呼んでCD屋行くか。でもあの子、もうCDとか買わなくなっちゃったんだっけ。ダウンロード購入の時代よ!とか言って、ハイレゾだっけ?なんか音のいいのをお金使って落とすみたい。私は音質とかよく分からないから、いまいち理解ができないんだけどね。やっぱ音楽はCD買ってなんぼよね。CD買って聴きまくってフェス行く!これだよ、これ。


「あ〜っ!家の鍵なくしちゃった!?ねえ見なかった!?」

 前の席の橘高さんが焦って周りの子に聞いてるけど、橘高さん、鍵は確か1階玄関のロッカーの中だよね。橘高さんはポケットに家の鍵をそのまま入れて歩くクセがあるんだけど、思いっきり定期入れにひっかかったままロッカーに入っちゃってるのよね、気付いてないと思うけど。ああ〜どうしようかな…言いたいんだけどなあ…

 そうだ。携帯で…

「あ、珠美?今日さ、ネズミーネコバイツの新作発売日なんだけど〜、そうそう!やっぱいいよねー、ネコバイツはギターが最高!ロッカー!て感じがするよ、ロッカー!って…彼らこそJ-ROCKのキー?鍵!って感じがするよね!ん?ロッカーだよ、ロッカー!」

 どうだろう。チラッと橘高さんの方を見てみた。

「…………」

 どうやら私の秘技「エア電話」に隠されたメッセージを読み取ってくれたみたいだ。うっ、なんか気持ち悪いものを見るような目で私をチラチラ見てるけど、おもむろに教室を出て行って向かう先はロッカーね。そうそう、感謝しなさい、私じゃなくてネズミーネコバイツに…

 もちろん珠美と電話なんてしてない。よしよし、私は人助けをしたぞ。


「まーたやったの?やめときなって、気味悪がられるだけだって言ってんじゃん」

 私より少し背は低いが、気は何倍も強い珠美が呆れたようなオーバーリアクションで私を説教を垂れてくる。

「慈善事業だって。世のため人のためになる事は、出来る人がやっていくべきだと思うのね」

「世のため人のためになる前に、自分のためにならなくちゃ意味ないのよ」

「確かにそうかな。解る気がする」

「もー、バッキーには何言っても暖簾にパンチ?チョップ?えーと…」

「腕押しかな」

「………」

「……………」

「しっ、知ってんだよォォー!国語の教師かテメーはよォォーーー!」

「あっははははは!」

「わははははは!」

 珠美とはいっつもこんな感じだ。珠美は私の事が好き。友達としてね。ただ、私のこういう嫌われてるくせに楽天的な性格は何とかした方がいいんじゃないかな、と常に思ってる。まあ性格だし仕方ないというか、そうでもないとやってらんないんだけどね。そんな私の心境も理解はしてくれてる。

 珠美は、私と違って人気者だ。部活には入ってないけどスポーツも出来るし、明るくて思いやりもある。でもそんな彼女が嫌われ者の私とよく一緒にいるのは、「嫌われ者とも気にせず仲良くできる自分」に酔ってるとかじゃなくて、単純に波長が合うと思ってくれているからだ。私もそう思うし、嬉しい事だと思う。

 ICカードや切符のピコピコ、ガチャガチャ言う音に流され改札からぱらぱらと出る人達に紛れて、私と珠美もピコピコと改札を通った。

 学校のある星凛町から、都心と逆向きに一駅が私と珠美の最寄駅だ。自転車で行ってもいいんだけど、雨降ったら面倒だし、都心に向かう割には朝もがら空きとまでは行かないけど、そんなに混んでないのよね。あと、知らない人が沢山周りにいる方が私個人としては面白い。珠美は人の多い電車は好きじゃないけど、まあ私がそうするならと、同じく電車通学をしている。くぅーっ!いい子だなあ…。

 …

 でもこの日は、CD屋に行ってネズミーネコバイツの新譜を買う事で頭が一杯だったけど、それも吹っ飛ぶような出来事が電車内であった。私の側の座席に座ってた、会社員風の地味な男の人。この人が私の近くに座ったのは、運命ってやつなのかな。星凛町に今から戻ろうかな。いや、明日改めて…。

「どしたのよ、バッキー。そわそわして」

「え?いやー…ちょっとね」

「何よ。思った事は話してよね。"できるだけ対等に"、だよ」

「あはは、そうだね。いや、凄い事が分かっちゃってさ」

「何よ」

「"街田康助"って知ってる?」

「知らない」

「嘘つけー!」

「冗談冗談。知ってるよ、あんたあの人の作品大好きでしょ。あんたに貸してもらって読んだやつ、私にはちょっと理解出来なかったけどさ」

「そう!その街田康助がね。星凛町に住んでる」

「へー、そうなの」

 珠美は本当に興味がないようだ。

「は、反応薄いなあ…。例えばだよ。歌舞伎役者の、えーと…風車瑠璃男(かざぐるまるりお)。あの人が星凛に住んでたら、どう?」

「………超ヤバい」

 数秒考えて、珠美の顔つきは真剣になった。風車瑠璃男というのは今人気絶頂の若手歌舞伎役者だ。珠美は彼の大ファンであるが、歌舞伎が好きという訳ではない。ちょっと面食いで、ミーハーな節があった。

「それの50倍の大事件なのよ。私にとっては」

「ええ!50倍って。私だって瑠璃男くんの事は…まあいいけど、何でそんな事分かったの?本人が乗ってたわけじゃないでしょ」

 珠美が不思議そうに、しかしいつもの事のように確認してくる。

「私の側に座ってた、地味なサラリーマンっぽいおじさんいたでしょ」

「電車に乗ってる、地味なサラリーマンっぽいおじさんなんて覚えてるわけないでしょ…」

 無視して続ける。

「あの人、出版社の編集の人なの。担当は…街田康助!」

「はぁーなるほどね。あんたにかかれば有名人に出くわす事以上に、有名人の関係者に出くわす事もできるって事か」

「そういうこと!」

「あんた、まさか家まで…やめときなさいってそれは」

「家までは分からないよ。でもあのおじさんは明日もまた星凛町に来る。場所は喫茶"ケラ"、時間も下校時間にぴったりね。街田康助は時間は守る人みたいだし、いける!」

「いける!じゃないわよ。有名人が近くにいてテンション上がるのはわかるけど、それって仕事の邪魔しにいくって事じゃないの」

「そ、そんな事しないよ。遠目で眺めて、打ち合わせが終わってチャンスがあれば…」

「えー?私は知らないからなー…」

 そんな事言って珠美、あとでどうだったか聞こうと思ってるくせに。


 翌日、予定の時間。珠美には先に帰ってもらって、私は一足早く"ケラ"に入ってアイスコーヒーを飲んでいた。苦っ。コーラにすれば良かった。

 街田康助は必要以上にメディアに出ようとしないし、公の場に姿を見せた事はない。書籍の作家紹介欄にも関係ない風景とか猫の写真やらが載っていて、本人の顔が読者の目に触れる事はないのよね。作家が集う会合にもほとんど顔を出さないので、業界の人でも街田康助の顔を知っているという人はあまり居ないみたい。そんなんでやってける業界なのかってのは疑問なんだけど。

 ゆえに、私は街田康助の顔を知らない。


 やがて、店のドアが開いて一人の男の人が入ってきた。髪は伸びっぱなしで眼鏡、年齢不詳な雰囲気があるけど、妙な落ち着きがあった。何より映画にでも出てきそうな着流しを着ていて、ちょっと怪しげな人だった。

 男の人は、私の席からかなり離れた場所に音もなく座った。

 程なくして、また来店客があった。あのおじさんだ!昨日電車で見かけた、編集の人。という事は…

 予想通り、おじさんは着流しの男性に会釈し、テーブルの向かいの席に腰掛けた。

 やっぱり!あの着流しの人が、街田康助だ。うわー!本物だ!あんな人だったのね。

 …ええと…かっこいい。

 不満があるとすれば、この席はちょっと遠いな…。仕事の打ち合わせだろうし会話まで聞く気は無いけど、どうせなら"近くで"という気持ちがある。変に席を移動するのも怪しいし、終わるまで見守っておくしかないか。


 ……

 携帯のゲームに夢中になっていて、見逃すところだった。30分くらい経ったろうか。打ち合わせは終わったらしく、街田康助と編集の人が席を立ち、レジに向かった。私もそそくさと席を立っておじさんの後ろに並ぶ。

 街田康助は先に外に出てしまい、おじさんがレジで払うようだ。いつもというわけではなく、街田康助が払う事もあるみたい。その辺は適当なのね。まあ、大人の男同士ってそんなもんか。

 街田康助と編集の人は店を出て、特に世間話をするでもなく、すぐに解散した。


(よし…)


 私の心臓はドキドキ高鳴っていた。単純に、憧れの作家と話ができるかも、という好奇心と…

 ちょっとの淡い期待が徐々に心を侵食していく感覚があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る