第四十三頁 妄想人類

「拙者がいんたーねっとで有名人?それは誠でござるか」

「ほんとですよ!各地のラーメン屋で見たって話題沸騰中です!」

「どう見ても怪奇現象扱いだろう。そんな短期間に日本全国のラーメン屋を廻るなんて不自然極まりないぞ」

 星凛駅前のラーメン屋"南無蛇"で、作家の街田康助、妖怪猫娘のサシ、落武者の幽霊・桜野踊左衛門は夕食を嗜んでいた。桜野は有言実行、まさに日本全国のラーメン屋を行脚しており、各地での目撃情報がインターネットで話題になっている。ラーメン通が全国のラーメン屋を求めて駆け回るのは珍しい事ではないが、彼女の場合は強烈な見てくれと、あまりに短期間で離れた場所で目撃される事で強烈なインパクトを放っていた。昼間に北海道、夜に沖縄という極端な目撃談もあった。

「幽霊は神出鬼没でござる。らーめんある所、桜野踊左衛門在り!」

「サクラさんかっこいいです!」

「そ、そうでござるか。フフ、戦場を駆け回っていた頃も良かったが…今は今でまた違った、とても清々しい気分でござるよ」

「そんな毎日ラーメンばかり食ってると病気になるぞ」

「生憎、拙者は幽霊の身で…実体があって怪我はしても病気にはならぬのでござる」

「……」


 インターネットでの"矢が刺さった血まみれラーメン好きサムライ女子高校生"は一部で波紋を呼んでいる。あげくには桜野本人がラーメン屋の評価ブログを公開している事が発覚し、さすがに"ガセ派"も現れた。

 桜野のラーメン屋の評価は味だけではなく、「麺」「スープ」「具」「雰囲気」「侍魂」の5項目がそれぞれ10段階で評価される。この「侍魂」というものが厳しく、長年本物のサムライを務めてきた彼女がそのラーメン屋の"気概"を侍魂として評価する。


 ラーメン屋は過酷な商売ゆえ気合は必須であるが、その気合の入れ方には店ごとに様々ある。よくあるのが、誰かが筆などで書いた人生の教訓を店中にベタベタ貼るスタイル。その内容は、

「一杯入魂」

「お客様が明日も来てくれる事を願って!」

 など分かりやすい物から、

「愚痴をひとつ言えば幸せが一歩遠ざかる」

「今日やれる事は明日するな、明日もし死んだらどうすんだ」

 と、およそラーメンには関係のない物まで様々であるが、これは彼女の中では評価が低かった。何故なら、気合いや精神というものをいちいち口に出す事は自信が無い、弱さの現れであるというのが武士道の教え。不言実行、武士の気合いは日々の鍛錬や戦の場の行動で、ラーメン屋の気合いはラーメンで表現すれば良い。こんなものはサムライのみならず、あの時代の町の茶屋ですら皆そうだった。全く情けない、と桜野は思っていた。

 また、店の席中に"おいしくラーメンを食べる手順"を書いているものも評価は低かった。これは桜野以外のラーメン通も意見が一致する所があるようだが、ラーメンの美味しい食べ方は食べる側が自ら切り開いてゆくもので、それは人一人にとっても店ごとに異なる。わざわざ食べ方を指示する事も、店の"弱さ"が垣間見れて武士道には反していた。侍の魂があれば、どのように食べても美味いはずである。

 先日のように、"ロット"とやらの都合などで客の食べるペースに物申すドカ盛り系なども言語道断。その場で斬り伏せてやるかと思ったほどだった。

 こういった"侍魂"の評価がまた面白いと桜野のブログは一部で人気を得ており、何より"侍魂"とラーメンの味そのものはキッチリ分けて評価する所が好感度が高いようだった。

 また、「今日は同僚に勧められた何々軒。電車では遠い店だが頑張って仕事後にイン!」みたいな私情もいちいち挟まない。何をきっかけでその店を知り、何を思って行ったのかも一切分からない、淡々としたラーメンと店の感想のみで完結する男前なスタイルも人気だった。

 値段に関しても言及しないし、何より現世で収入もない桜野が一体どこからラーメン代を払っているのかも謎に包まれている。


 しかしながらラーメン通達はインターネットでは面倒な部類に入るようで、度々桜野のブログに突入する輩も居た。ただメンタルもガチガチに強いサムライの桜野にとってはインターネットでの煽り文句など蚊に等しい。

 例えば以前仕えていた矢流瀬公ほどの人間が文句を言えば即座に平謝り、いや切腹のひとつくらいはするだろう。しかし匿名の大衆の意見などはただの文字列に過ぎず、言っても無駄だと悟ったのかいつしかそういう類の書き込みは減った。

 余談として、「桜野さんは餃子は食べないのですか」というコメントに、「拙者は餃子は食わない。何故なら食わないからだ」と返した台詞はラーメンマニア界、いや一部のインターネットで名言として語り継がれる事となる。


 余談だが、ライブハウス"ヒューマニティ"の松戸ガガが事務所でネットをしている際にそのブログを発見した時はさすがに笑い転げたという。


「その"侍魂"を完璧に体現しているのが他ならぬ、この"南無蛇"でござるよ。無駄に主張をしない謙虚な内装、お品書きの少なさなどからも自信が溢れて見える。味は派手ではないがまさに庶民の心を掴む一級品だ。ここを拠点と決めた事、拙者の目に狂いは無かったな」

 桜野はまるで自分の事のように自慢げに語り、それを聞いた女将が控えめに口を挟む。

「まあ、桜野さんたらお上手。はい、メンマのサービスね」

 街田達の目の前に更に山盛りになったメンマが出された。

「か、かたじけない!女将殿!」

 桜野は女将に礼を言い、満面の笑みでメンマを口に運んだ。これだけ見ると本当にスイーツを食べる女子高校生と変わらない。頭に矢が刺さり、血がだくだくと流れてはいるが…


「ところで街田殿」

 スープを飲み干しひと段落ついたところで、桜野が切り出した。

「街田殿に憑いている"犬"の事は何か分かったのでござるか」

「……」

 街田はそういえばそうだった、という風に黙った。サシが街田の家に住み着くきっかけになったのは、街田に憑いた"犬"について、そしてサシの記憶についてをお互い調べる為の契約のようなものだった。しかしあれからほぼ進展は無し。前に会ったプラモ屋の主人がその"犬"の名前を告げた程度で、直接それにまつわる手掛かりはつかめていない。敵ではない、とも言っていたので安心していた節もある。

 最も、妖怪のサシに次いで、悪魔のカイン、改造人間のガガ、九十九神のプラモ屋主人、妖怪鎌鼬(かまいたち)、そしてこの桜野踊左衛門…幽霊。サシについては妖精にも出会っているし、先日サシが会ったというアイドル、亀ノ内・シャングリ・らいふも何かおかしな能力を持っていたようだ。どうせ普通ではないだろう。

 あまりに非日常な事が続いており、憑き物を調べる暇が全然ない、もとより忘れていたと言っても過言ではなかった。お前らのせいだぞと街田は言いたかったが、桜野には助けてもらった恩もあるのでやめておいた。


「犬狗我者毛丈六(いいがじゃけじょろ)という名を、お前は何か知ってるのか」

 街田は駄目元で聞いてみた。

「かたじけないが、存ぜぬ。幽霊と神は近いようでかなり遠いのでござるよ」

 やはり。街田は、そうか、という風に頷いた。あと、幽霊と神が近いなど全く思わないぞ。

「しかし…」

 桜野はスープで辛くなった喉をコップの水でグイッと癒したあとに続けた。

「心当たりはあるのでござろう。"犬"が憑くきっかけになるような事が、何か…」

 桜野は確かめるように街田に問うた。彼女の目は世間話ではなく、何か真剣な会話をする時のような目に変わっていた。サムライだからか、顔半分を流れる血液のせいか妙な迫力がある。もとより、彼女の目は常に真っ直ぐで何かを見透かすかのような鋭さがあった。サムライは皆そうだったのだろうか、誘惑の多い現代社会とは違う、本当の意味での戦いの世を生き抜いた者の目だ。

「……………」

 街田は黙りこくっていた。言いたい事ははっきり言う街田が、ばつが悪そうに口を噤んでいる。サシは心配そうに彼の横顔を見つめていたが、かくいう彼女も、何故"犬"が憑いたのか、その心当たりの内容については聞いた事がない。

「話しにくければ、言わずとも良い」

 桜野はいつもの真っ直ぐな笑顔に戻り、さあ店を出ようか、と場を締めにかかった。

 2軒隣の喫茶「ケラ」の主人と入れ替わりに、3人は店を出た。


 桜野は次のターゲットの店にでも行くのか、ヒュードロドロといういかにもな音と共に姿を消した。どういう仕組みで鳴っているのかは分からないが、映画やアニメで聴くのよりは心なしか太鼓の手数が多い気がした。

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