第三十九頁 オール・ナイト・ロング 1
生放送で人気の音楽番組「ミュージック・ストリート」放送直後、出演していた宇宙人系アイドル"亀ノ内・シャングリ・らいふ"が誘拐された。
この記事が翌日の新聞を賑わしたのは言うまでも無い事だった。今、破竹の勢いで人気街道を走る新人アイドルが誘拐された。マネージャーである嘉門レイは車のナンバーや車種など覚える間もなく気絶させられたし、"二人組の男"という情報しか有していなかった。攫われる瞬間にらいふと一緒に居た、それ以上に彼女のマネージャーという立場から業界というよりはファンから痛烈に批判される事となってしまったのは災難としか言いようがない。
事件のあったテレビ局のある都心から、岸田川という大きな川を隔てた所に星凛町という小さな町がある。慌ただしい都心とは対象的に、下町の風情が残る準都会である。ここにはごく一部にマニアックな人気を誇る作家、街田康助が住んでおり、彼の家には異形の妖怪の少女が居候として住み着いており、彼女もまた亀ノ内・シャングリ・らいふのファンであった。
「ら、らいふちゃんが…らいふちゃんが………!!」
テレビで報道される、アイドル誘拐のニュースを観て口をあんぐり開け動揺する。
「らいふというのはあれか。お前が好きな電波アイドルか」
「電波アイドルじゃないです!宇宙人アイドルです!!」
「同じじゃないのか…しかしまあ誘拐とは平和ではないな」
アイドル自体には特に興味無しという街田も、誘拐という物騒な2文字には穏やかでない物を感じずにいられなかった。早朝からの執筆を休憩し、茶を飲みながらニュースの画面に見入っていた。
「この、嘉門というのか。マネージャーも災難であろうな。騎士やSPでもあるまいし、全くオタクというものは誰かを叩かないと気が済まないのか」
ぶつくさ言いながら街田は2杯目の茶を湯飲みに注ぐ。執筆は喉が乾く。今は良い感じにインスピレーションが降りてきているので字数は進むのだが、集中するぶん喉がやたらと乾く。
テレビ画面には嘉門レイの顔写真が映され、誘拐の瞬間彼は何をしていたのかという言及がなされていた。初老の女性コメンテーターが、アイドルの身を守るのもマネージャーの仕事だ、この人は意識が足りないなどと好き放題言っている。別の若い男性キャスターが、「でも突然スタンガンで攻撃されたらひとたまりもないし、彼女を守れというなら複数の護衛をつけなかった事務所の責任では」という風に申し訳程度に反論するも、女性コメンテーターに遠回しに黙りなさいと制されてしまった。
「くだらん議論だ。しかしこのマネージャーもインテリくさいいけすかない顔をしているな。メガネが嫌味だ。芸能界に出入りすると自然にこういう風になるのかな」
「先生だって芸能界に足を踏み入れているようなものじゃないですか。メガネだし」
「一緒にするんじゃあない。作家にタレント性などを求めるのは愚かなことだ」
テレビに出る依頼を何度か受けた事があるが街田は全て断ってきた。作家が作品よりも前に出る必要は無いという、確固たるポリシーがあるからだ。特異な作風なのだから、多分バラエティとかに引きずり出せば面白いと思ったのだろうが、そんな見世物じみた扱いを受けるのはごめんだった。この作品は一体どんな人間が書いているのか。作品の内容だけでなく書き手すら想像するのが面白いのだ。中には作品のみならずガンガンTVに出ている作家も居たが、あとで苦労するぞ、と街田は心で少し軽蔑していた。
「そうだ、私"ヒューマニティ"に行ってきますね。ガガさんがCD貸してくれるんですよ。そろそろ出勤の時間のはずなので」
「さっさと帰れよ」
サシは鼻歌まじりに颯爽と家を出ていった。ガガとはあれ以来は、仲のいい姉と妹のような関係だった。彼女はさすがいろんな音楽を知っていて、サシにも色々な音楽を教えてくれる。
時間は遡り、昨夜の晩。らいふが連れ去られた直後である。
「おい、右車線じゃないぞ。左車線だ。次は左折だからな」
「ん?あれ?ああすまん、ぼーっとしてた」
「こんな時に居眠り運転なんてやめてくれよな」
運転席の大柄の男は不思議そうな顔で車を左に寄せた。後部座席、口に厳重にガムテープを貼られ、手足を縛られた状態のらいふは声ひとつあげようともせずにその光景を見守っていた。
「しかし妙におとなしいな。助けの声ひとつもあげやしないぞ。抵抗もしないし、大丈夫なのかこの子は」
「いいんじゃないのか。不思議ちゃんキャラがどこまでもつかな」
「やっぱり本当に宇宙人だったりしてな」
「それを確かめる為に攫ったんだ。全くくだらない仕事だよ。コンサートホールの楽屋でこいつの身体が発光するのを見たから、俺達に確かめてこいと。自分でやれって感じなんだよな」
「それが俺達の仕事だからな。奴だって政府と繋がってるから手は汚したくないんだろ。俺達だって、そこそこコッソリやれば足はつかないように操作してくれるらしいじゃないか…おい、だから左車線だ。何度言えば分かるんだ。右と左の区別もつかないのか、この体のデカい朴訥フェイス」
「お前今なんつった?人様に運転してもらっていい身分だよなあおい。お前はほんと全然わかってないよな。いかに普段俺に世話になってるかを」
「うるさいな、ボケナス大魔神。とっとと仕事終わらせて、帰ってママの下着でフィーバーしてろよ」
「そいつは名案だ。気がつかなかったぜ。早速帰ってやってみよう」
「そうそう、下着と言えばこの前俺見つけたんだよ。女装と下着の専門店を…」
らいふは捕まる前と表情ひとつ変えず2人の品のない会話を後ろから眺めて聞いていた。喧嘩をしているのか、仲が悪いのかいいのかよく分からない。
しかしらいふは生放送出演の疲れもあってか、まさかのこの状況下で眠ってしまった。薬で眠らされたなどではなく、単純に眠くての事だった。シートは座り心地が悪いし、口を塞がれており鼻だけで呼吸するには少々苦しさがあったが、あっというまに眠りに落ちてしまった。らいふは身体能力こそあるが、インドアなので基本的な体力は無く疲れやすかった。2人の会話も特に気には止めず、目的地に着くまでしばし意識を飛ばした。
「なんで抵抗しないんだこのガキは。なんかよォ、気持ち悪くねえか」
「しかし改めて見てもすげえ格好だな。衣装じゃなくて普段着なんだろ、これ」
「今はこんなのがウケるんじゃねえの」
らいふが目を覚ますとそこはビルの一室だった。おそらく廃ビルで、部屋には明かりもなく何もない。真中を支える柱に縄でしっかり括りつけられる形で、尚も身動きは取れない。口のガムテープは剥がされ、喋る事はできそうだ。部屋には窓があるが閉まっているし、すりガラスなので外の様子は分からなかった。夜だという事は確かで、らいふが眠りに落ちてからはまだそれほど時間は経っていないようだった。
目の前には自分を攫った男2人が顔を覗き込んでいる。
「ええと、らいふちゃんよ。先に言うがあんたに危害を加える為に攫ったんじゃあない。プロダクションに身代金を要求するとかでもない。暴力も振るわない。俺達は熟女派で、子供には興味はない」
「最後の情報要るのか」
小柄な男…嘉門レイをスタンガンで気絶させた、助手席に座っていた男が話を切り出し、リズムよく大柄な男が突っ込む。なんだかんだで息がピッタリだった。
「ただ俺達の知り合いが、あんたの身体が光っているのを見たと言うんだ。俺達はアイドルには疎いのでよく知らないが、あんたは宇宙人だそうだな」
「そう」
「うお、喋ったぞ」
らいふの、トーンが低くか細い声は無愛想だが、妙な心地よさがあった。脱力系とか可愛らしいというよりは聞き手の心をそっと見透かすような、それでいて見透される事が心地よいような不思議な声だった。歌でさえもこのままの声で唄うので、これもまた人気の秘密のかもしれない。
「宇宙人。ここの人から見れば」
らいふは答えた。
「住所は、」
「分かった。OK。ひとつリクエストをさせてもらう」
小柄な男が制するように両手を前にだし会話を進行させた。
「あんたが"宇宙人ではない"という事を証明してくれ。それを動画に撮るが、見せるのは俺達の依頼人へのみだ。絶対に外へは流さねえ。正解を言うとあんたが宇宙人ではない事を証明すれば解放する。車で近くの駅前まで連れていって、タクシー代を渡そう」
「宇宙人だったら」
「俺達はある政府の機関にあんたを渡す事になる。その後は…俺達も知らない」
「おいおい、何をべらべら喋ってんだお前は」
大柄が小柄の肩に手を回し、無理矢理向こうを向かせて耳打ちした。
「いいだろ別に、めんどくせえよもう。宇宙人じゃない証明だったら人間でも出来るだろうが。この子は宇宙人じゃなかったです、おしまい、だ」
「報酬いらねえのかよ?バイト先でも伏し目がちだろ?」
「報酬はそれでも貰えんじゃないのか。大体俺は"宇宙人系アイドルが本当に宇宙人だった"なんて話あるわけねえって、ハナから思ってんの」
しかしらいふは困り果てた。仮に自分が宇宙人だとしても、人間だとしても、"宇宙人ではない事の証明"なんて一体どうやればいいのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます