第四十頁 オール・ナイト・ロング 2
「誘拐か。そりゃ穏やかじゃねえな」
「ガガさん、らいふちゃん知ってるんですか。ロックだけじゃないんですね」
「まー名前くらいはな。アタシは疎いけど、バンドマンってけっこうアイドル好き多いんだぜ。アタシもここに出入りしてる奴から聞いて知ったんだ」
「そのテレビ局って都心ってか、隣町っすよね。近くに居るかもっすよ」
「そんな都合よく近所に居るかよ。ただこの町のはずれってさ、廃ビルとか多いんだよな。映画とかでよくある、誘拐犯とかが立て篭りするには打ってつけの場所だったりしてな」
「はぁ…心配です…らいふちゃん……」
「そっすね…ハァ…らいふちゃんはマジでこれからなんすけどねえ…」
「悪魔、お前もかよ…」
ライブハウス「ヒューマニティ」で、妖怪のサシ、悪魔のカイン、改造人間のガガはそれぞれにこの事件について語り合っていた。カインも意外とアイドル事情には詳しく、一部の人間が神のみならず悪魔にまでやる"偶像崇拝"の秘密を、アイドルの"現場"にて理解したというが、ミイラ取りがミイラというか、彼も単なるいちファンになってしまった。
「ガガさん、なんかレーダー探知機みたいな機能はないんでしょうか…」
「あのなぁサシちゃん。アタシはスマホじゃあねえんだから。せいぜい半径数メートルの生物探知程度だよ」
ガガは自分の目を指差し、苦笑いで優しく言い返した。多分カインならドツかれていただろう。
「俺、やってみますよ」
悪魔カインが手を挙げた。
「は?悪魔、お前レーダー探知機ついてんの?」
「そうじゃないっすけど…」
カインはおもむろに人差し指をライブハウスの床に真っ直ぐ突き立てた。
「"トゥー・サーチ"!」
瞬間、ライブハウスの床全てが紫色に輝いた。カインと共にライブハウスに居たサシとガガにはそう見えたが、ライブハウスという薄暗い部屋だからより光って見えただけで、実際にはライブハウスの外、もっと言えばカインを中心に半径1キロメートルに巨大な魔方陣が展開されたのだった。一瞬の事で、おそらく通行人がこれに気付く事はない。
「なんだこりゃ」
「半径1キロメートル以内の対象を探すんす。漠然としか分からないっすけどね」
「凄いですねカインさん!何でも出来るんですね」
「は!?アタシの方が出来るし」
謎の対抗をするガガを尻目にカインは人差し指を突き立てたまま目を閉じ、やがて立ち上がった。
「…まさかこんな事が」
「何だよ」
「居ます。この近くに。半径1キロメートル以内にいる。場所はかなり高い所っすね」
「ほ、ほんとに!?らいふちゃんが近くにいるんですか!?」
「マジなの?ったく、都合がいいよなあ。高い所ってどこだよ」
ガガが驚きと呆れ半々の表情で訪ねた。
「すんません、そこまでは。半径1キロ以内に"いるかどうか"と、"高さ"しか分からないんす」
「何だそりゃ!高いのはお前のアタマだけにしとけよな!」
ガガがカインのトゲトゲ頭にシュッとチョップをかます動作をした。
「ちょっやめてください!髪が切れたらどうするんすか」
「切れねえよ!人を全身兵器みたいに言うんじゃねえ!」
星凛町近隣にある高い場所というのは心当たりがあった。サシは痴話喧嘩をするカインとガガをすり抜けて"ヒューマニティ"を飛び出し、ある場所へ向かった。
サシはこの星凛町をよく適当に散歩するので、周辺に何があるかなどはそこそこ把握している。
人は日常生活を送る中で、自分の生活に関与しない町中の物、建物、店についてはさほど認識をしない。毎日通学や通勤の際に前を通るし、視界にも入るのだがそれが何なのかを認識はしていない。実際その建物が取り壊されたり、撤去されたり、店が閉店したりしても「ここ、何があったんだっけ」という具合にそこに何があったかは思い出せない事がよくある。これはその建物や店が普段自分の生活に関与しないので、興味がないという状態、即ち認識をしていない状態だといえる。
その究極が廃ビルなど、既に人々の生活からその役割、存在意義を消した建造物である。おそらく初めて星凛町に来て、町並の何もかもを始めて見る人ならば強く印象に残るであろう建物がひとつあった。星凛町で一番高いとされるが、既に内部の業者が撤退し使われなくなったビルだ。サシもそこに廃ビルがある事は頭の片隅で何となく分かってはいたが、脳内からロードするのには少々の時間を要するほど、認識は少なかった。
(あそこだ…一番上の部屋、不自然に窓が開いてる)
宇宙人系アイドル、亀ノ内・シャングリ・らいふは困り果てていた。そもそも攫われたからというのもあるが、それ以上に失敗したな、という後悔の気持ちがあった。
結論から言うと、昨夜、自分を攫ってここに連れて来たあの二人組はもうこの場所には居ない。らいふから向かって右側に大きな窓があり、それは全開になっていて、男達は二人ともそこから勢いよく外に飛び出したというのが理由だ。生きているかどうかはらいふ本人には確認する術がない。どこかこれより高いビルの下で死んでいるかもしれないし、遠い山の中腹で木に引っかかって生きているかもしれない。どちらにしろ、近くに居ない確率は高いし、それは完全に失敗だった。むしろ元気に戻ってきてやるべき事をやって欲しいと思っていた。昨夜男二人が飛び出してから今まで…おそらく15時間程…ここで動けずにじっとしている。諸悪の根源である二人が居なくなったのは良いが、肝心の自分の拘束を解いてくれる人間が居ないのだ。彼女はアイドルなので排泄なんて事はしないが、ずっと同じ体勢なので身体が痛くなってきた。高い所から飛び降りるなどの身体能力はあるが、腕力は無いので自分の手を縛っているロープを無理矢理解くことは出来ない。
「うう」
嘉門レイは心配しているだろうか。今頃自分が誘拐された事が新聞を賑わし、彼はマネージャーとして責任を問われているのだろうか…という事は特に考えていなかった。早いところ自由になりたい。身体が痛いのを何とかしたいとだけ考えていた。脚の血流が悪くなって痺れてきた気がする。
その時、誰かが階段を勢いよく駆け上がる音が聞こえた。もしかして二人組の男が帰ってきたのだろうか。片方だけかもしれないが、とにかくこれで助かるかな、とちょっと安心をした。姿勢をちょっと正して、はやる気持ちを落ち着かせた。
しかしこの階段を駆け上がる音。やけに軽い。男の足音にしては、というか、女や子供であっても軽すぎる。これは人間ではなくて、犬とか猫とかと言った動物の類だ。おおかた、その辺の野良犬か猫が迷い込んだのだろう。動物にロープを解く事はできない。だめだ。期待はしない事にした。
「はぁ、はぁ……あっ……!」
らいふは目を丸くした。部屋にひとつしかないドアから、階段を駆け上がった疲れで息を切らしながらひょこっと顔を出したもの。犬ではなかった。猫…でもないのだろうか。それは人間の少女の姿をしていて、頭に猫のような耳と尻尾があった。らいふは以前に猫耳のカチューシャを付けて唄い踊るアイドルと共演した事があるが、これはああいった作り物ではないという事が感覚としてあった。
それは肩で息をしつつ、自分からここに来たくせに、驚いた目でじっとこちらを見ている。敵なのか味方なのか分からなかった。
しばしの静寂があった。らいふは彼女が助けてくれるのかくれないかより、むしろ何故この身体で、あのような足音を鳴らしていたのかという疑問が体積を増してきた。少女は尚もらいふを見つめながら、何か口から出ようとする言葉を溜めて溜めて渋っているように見えた。
しかし、それが打ち破られるのにはさほど時間を要する事はなかった。少女は突然、大声と共に深々とお辞儀をした。
「ふぁ、ファンです!!!!!!サインください!!!!!!!!!」
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