第二十九頁 パンク作家と血まみれ少女 3

 松戸ガガは改造人間である。

 このライブハウスのスタッフを務める彼女は科学の最先端を全身で再現する存在であり、もちろん街田達にも言ったとおり幽霊など信じていなかったが、大好きなサシは妖怪だし、頼りないけど悪魔だっているし、人をプラモデルに変えてしまう神だっている。

 幽霊もいるのかもな…とは思うが、それにしても「うらめしや」などと口にする幽霊が本当に居るのか。あんなものはあくまで幽霊を見た事もない人間が想像で本や映画に取り入れたアイコンのようなものなのではないのか。と妙に冷静に、自分の考えを見直しながらもガガは彼女を「敵」だと判断し、ファンネルから銃弾をぶっ放した。


「STRRRRRRRRRRRRRRRIVE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 怒号にも似たガガの叫び声と共に、ファンネルから閃光のような銃弾が"幽霊(暫定)"に降り注いだ。

 と同時に、銃弾の音に続いてフロア中に響き渡ったのはけたたましい金属音だった。連続して金属が金属で何かをはじくような、耳をつんざくような音。

「ま……マジかよ……」

 先ほどガガが撃った銃弾は一発も彼女に命中する事なく、そいつの足下に散乱していた。幽霊(暫定)はなおも真っ直ぐ凜と立ち、手に持った刀を地面とぴったり垂直に、自らの身体の前に構えていた。顔や服が血まみれなのでどこからがガガの攻撃によるものなのか判断に困るが、ピンピンしているし、恐らく一発も命中していない。現にガガ自身も全く手応えを感じなかった。

 要するに、全てのガガが撃った銃弾は彼女が持っている日本刀で叩き落されたのだった。銃弾が幽霊をすり抜ける事はあっても、はたき落される事などあるのだろうか?もしくは、あの日本刀だけは本物で、実態があるのか。ガガの脳味噌はまるごと人間のままであるが、もともとカタめの頭なので考察には苦労を要した。

 彼女は日本刀を構えたまま、ゆっくりガガの方へ歩いてくる。ガガとしてはそこの入口から逃げる事は容易であったが、それはスタッフとしての意地が許さなかった。今後このライブハウスには幽霊が出るだなんて噂が立つかもしれない。歴史ある老舗ならそれもまたハクがつくが(バンドマンにはオカルト好きも多い)、ここはまだ日も浅い底辺のハコだ。そんな理由で客足を減らす事は避けたかった。

 なので、逃げない代わりにガガはしっかり「仕込んで」いた。

 ガシッと日本刀を持つ彼女の両腕を掴む何かがあった。掴む力は異常に強く、振りほどく事は出来ない。血に染まった表情はほんのすこしの焦りを見せ、彼女は周りを見渡した。

「ミディ・サーフ!!ぶっ飛ばしておいたぜ!あたしの両腕を既に!」

 彼女の両腕を掴むのはまさに「腕」だった。しかし腕以外の物は何も無かった。肘から先は綺麗に途切れており、光のようなものが噴出されていた。ガガはこの腕をロケットパンチだとか、古臭くダサい名前で呼ばれる事を嫌だなと思ったので、ミディ・サーフという名前を付けておいた。何にだって名前がある、名前には力があるというのが彼女の信条だった。ヒューマニティに出演するバンドにも、バンド名や曲名は何よりも大事だ、新しくバンドを結成するなら練習なんかよりまず名前を決めろ。とアドバイスするほどだった。

「しかしテメー実体があるな。あたしらの認識する、本や映画で見るような幽霊ってのは実体がなくて触ってもすり抜けるもんじゃないのか?そうでなきゃゾンビか?その見てくれで人間だとは思いたくねえが…」

「うら…………めしや………」

「またそれか。うらめしやって事はやっぱ幽霊なのか?ハッキリしろテメェ、その青白い手首を捻り潰されたくなければなァ!」

 もしかすると幽霊では無いかもしれない彼女は、ギリギリと締め付けるガガの腕に少々顔を歪めた。ガガにとっては確かに感触があり、普通の、生身の人間を相手にしている感覚と何ら変わりは無かった。それにしても、通常の人間よりもはるかに強い筈のガガの握力をもってしても、彼女は刀を取り落とす事は無かった。それはそいつがガガをも凌ぐ怪力であるというよりは、刀を離せば何もかもが終わる、自分の存在が消えてしまうかのような、強い信念と表現した方が正しいようにも見えた。

 しかしそれが長く続く事は無かった。ガガは腕を取り外して飛ばしてもその感触を鮮明に脳で感じ取る事が出来るが、瞬間、明らかに奴の腕を掴む感触が消えた。

「なに!?」

 ガガの腕は、掴んでいたはずの彼女の腕から離れていた。知恵の輪でも外すかのように、彼女の腕から外れ、側に浮遊していた。

「すり抜けた…?」

 彼女は表情こそ変えなかったが、安堵したかのようにその刀を持つ両腕を下げ、腰の鞘に収めた。すり抜けたという事はやはり幽霊なのか。確かに姿を消したり現したり、そもそも鍵をかけたはずのこのライブハウスに入り込む事は壁をすり抜けるでもしなければ不可能だ。…カインなんかは悪魔だから、"許可"さえ得られれば鍵が閉まっていようが自由に行き来できるのだが…ガガは一層訳が分からなくなった。


 刀を鞘に納めた彼女は、腰に差した鞘ごとそれを外し、床に膝をついて……そのまま鞘を置き、両手のひらを床につかせた。


 ガガはまた絶句した。これは土下座だ。

 日本人が、何かを相手に懇願する際、深く謝罪する際にする最上級の謝罪スタイル。ジャパニーズ土下座。幽霊か何なのか分からない彼女は、途端に自身の武器を置き、ガガに向って深々と土下座のポーズを取った。頭のてっぺん、矢が深く刺さった傷口が鮮明に見えて痛々しい。やはり作り物などではなく、しっかり「刺さっている」という事がこのアングルからだとよくわかる。ガガはこういうものは理由あって見慣れていたが、ダメな人はダメだろう。

「え?え、何?え……?」

「うら…裏の飯屋。あの飯屋は…本日の業を終えてしまったのでござるか。ぬし、何か……何か食すもの…を……もう三晩…何も口に……」

 ぐうううううという音が、静寂と化したライブハウスに響いた。腹の虫だ。

「お前さ…腹減ってんの?」

 ガガは肩透かしを食らった気分だったが、警戒を解き、"腕"を元に戻した。

「さ…左様にござる…かたじけない…」

 血まみれにセーラー服という異様な姿、またその出で立ちからは想像もつかない奇妙な口調の彼女は、ばつがわるそうに頭を地面に擦り付けていた。

「おい、まず顔あげろ。土下座なんてすんじゃねえよ。何者なんだお前は。その怪我大丈夫なのかよ」

「空腹とは言え名乗る事も失念してしまうとは…無礼をお許し願いたい」

 彼女はキッと顔をあげ、


「拙者、没、矢流瀬(やるせ)家にお仕え致した武士、桜野踊左衛門(さくらのだんざえもん)と申す」


 丁寧に名乗り説明した。

 丁寧過ぎ、突拍子もなさすぎててガガは一瞬理解が遅れたが、彼女が何者なのかを何となく悟った。それを察したかのように「桜野踊左衛門」とやらは続けた。

「拙者、情けなくも戦にて命を落とし、理由あって幽霊と成り果てたのでござる。この矢は…討たれた時のものでござるが、今は特に痛みも無し、拙者の身体の一部と成り果てたのでござるな…。しかしこの町が何処なのかも分からず、このように空腹の身にて彷徨っていたという事でござる」

 セーラー服女子高校生風の落ち武者の幽霊なんて聞いた事ねえよ。とりあえずガガは街田達を呼ぶ事にした。一人では流石に突っ込みきれなかったのだ。

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