第二十八頁 パンク作家と血まみれ少女 2

「幽霊なんじゃねーの、それ」

 ライブハウス「ヒューマニティ」内バーカウンターの内側で、氷を浮かべたグラス…中身はただの水だ…をカラカラ鳴らしながら、スタッフであるガガはぶっきらぼうに感想を述べた。

 ヒューマニティはライブハウスのみならず飲み屋として機能する日もあり、今日はその日だった。他の席ではここに出入りするバンドマンと思わしき若者たちも盛り上がっている。

「ゆ、幽霊っ……」

「マジすか〜……」

 同時に露骨に怖がる猫耳の少女サシと、トゲトゲ頭の悪魔カイン。バーカウンターの席に座り、それぞれ牛乳とコーラを嗜んでいた。カインも、いかつい見た目の割に酒は飲めない。悪魔なら、血の滴るような真っ赤なワインが似合うものだが。

「まーあたしは幽霊なんていねーと思うけどな。おっさん、毎日篭って小説ばっか書いてるから幻覚見たんじゃねーの。たまにはウチにでも来て、ライブ観てリフレッシュすりゃいーんだよ」

「フン、音楽などくだらん。ましてや素人の演奏でリフレッシュなどできるか」

 同じくバーカウンターで焼酎をちびちびやる小説家、街田は鬱陶しそうにガガの主張を突っ撥ねた。だいいち、幽霊は信じないなどと妖怪と悪魔相手に何を言ってるんだ。こいつもこいつで人間とはちょっと言い難いし、どこから突っ込めばいいのか。街田はそういう感情にすら飽き飽きしていた。

「ああ!?てめえ〜アタシとかよォー、ハコの悪口はいいけどな…バンドの悪口は言わせねえぞ?」

 ガガがバーカウンターから乗り出し、街田の顔の前に拳を突き出した。手首外周からは光る小型のファンネルが数個飛び出し、街田を撃たんと浮遊していた。

 彼女は改造人間なので、身体の至る所に武器が仕込まれている。脳、味覚や少々の痛覚、五感など人間の最低限の機能は残っているが、全体の70%は機械化されている。戦闘用だとは思われるが、何がきっかけで、いつ誰が何のために彼女をこんな身体に改造したのかは謎だった。

「わああちょっとガガさん!やめて!」

 サシが止めに入ると、サシちゃんが言うなら、と理不尽な理由でガガはファンネルを仕舞った。スッと軽い音が鳴り光は消える。ガガは"あれ"以来サシを恩人とし、大袈裟なまでに好意を抱いていた。街田もこうなる事は予測済みだったのか、顔色ひとつ変えはしなかった。

「サシちゃんに免じて許してやるけどよー、次は蜂の巣にすんぞ」

 ガガはふてくされつつ、サシの頭をなでなでした。

「しかし…幽霊っすか〜。マジだとしたら怖いっすね。そうでないとしても女の子の死体があったってんならタダ事じゃねーっすし…はぁ、物騒だなあ…」

 長身に黒マント、シルクハットを突き破ってのトゲトゲ頭という迫力の見てくれからは想像もつかないほど、カインは情けなく肩をすくめた。彼は仮にも悪魔であるが、あまりに「いい」性格をしているため悪魔の世界では落ちこぼれ認定を受けている。人間界を勉強する為にアルバイトを始めたコンビニ「さんさんハウス」では店長からの信頼も厚く、客からもウケが良く彼が来て以来売上は伸びた。まさに人間の"悪の心"を司る存在であるはずの悪魔としては駄目駄目、失格、負け組、としか言いようがなかった。

「お前も悪魔なのに幽霊が怖いのか」

「そりゃー怖いっすよ…実体がないっすし、訳が分からないっすよ。いつだって訳が分からないものが一番怖いっす」

「ああ〜分かります分かります…映画"リング"だって、貞子が出てくるシーンよりも呪いのビデオのシーンの方が不気味で怖いですもんね」

 と何故か得意げにサシが例える。いつの間にこの猫は"リング"など視聴したのか。もうお前が言うな、いや、お前らが言うなしか言う言葉が無いし、あえて言いたくもないし、街田は改めて少しはまともな人間の友達を作っておけばよかった、と偏屈な自分の性格を憎んだ。


 その日は、珍しく午前から始まる明日のイベントの準備をするという事でガガが全員を追い返し、お開きとなった。


 ライブハウス「ヒューマニティ」は玄関から入って正面が受付、右に行けば楽屋とトイレ、左に行けばフロアとステージ、バーカウンターというシンプルな造りになっている。演奏が終われば、フロアを通って部屋を出て、受付の前を通り、楽屋へ楽器を置きに行って、次の出演バンドとバトンタッチする。という流れになるので、どうしてもバンドのアマチュアというか所詮は一般人、という部分が見えやすい構造ではあった。

 隣町には、楽屋が二階にあり、ステージ開始の際にはメンバーが階段を降りてステージに登場するという某音楽番組みたいな演出が実現されるライブハウスもあって、ガガはちょっと羨ましかったが、うちはうちでいい、とも思っていた。バンドには神秘的に光れる場所もあれば、観客に限りなく近づいて友達みたいになれる場所もあっていいと思っていた。


(さてと…1組目の配置はこれでOKか)

 誰もいない「ヒューマニティ」のステージの上、ガガはたった一人で機材の配置を行っていた。機材は重いが、腕力だってしっかり強化された彼女には関係無い。明日の1組目はメンバーが10人前後はいる大所帯系バンドだったので、狭いヒューマニティとしては機材の配置には中々頭を捻った。

(次は楽屋の掃除…と)

 楽屋はそこまで広くはないが、ソファもあるし、バンドが楽器や機材を置いて尚且つくつろげるスペースは確保されている。過去にはここをステージにして極限なまでにアットホームなライブイベントをしようと企画した人間も居て、あれは面白かったな…と思い出しつつ、ゴミを捨てたり掃き掃除などを終え、楽屋を出る。

 楽屋の入口すぐ側には人の身長ほどの鏡があり、衣装を気にするバンドはここでチェックを出来るようになっている。なので、楽屋を出る際には否応なしにこの鏡を覗く事になる。

(…………)

 ゴミ袋を片手に楽屋を出ようとしたガガの、高精度カメラを内蔵した目に、鏡越しに何かが見えた。

 ……ソファに誰かが座っている……

 ハッと振り返るが、赤い安物のソファには誰も居なかった。錯覚か。ライブハウス自体の玄関は内側から鍵をかけており、自分以外の誰も残っていない事は確認したはずだった。

 しかし。


 もう一度鏡に目をやった時、"それ"はガガのすぐ後ろに立っていた。

 

 女だ。顔中血まみれで、髪の長い女。虚ろな目は鏡越し、ガガの肩の向こうから自分をじっと見つめているように見えた。

「うわああああああああああああああああああ」

 振り返り、反射的に両腕から小型のファンネルをフルに発動し、楽屋の中に向かってぶっ放した。片腕からは計4つのファンネルを発動させられ、それぞれが同時に4方向ずつに乱射できる。実に4かける4かける2、32箇所に撃ち込んでさすがに楽屋はズタボロの廃墟のようになってしまった。ソファもまさに蜂の巣だ。

「あれ……?」

 女はどこにも居なかった。

(あたしも疲れてんのかな…おっさんの事言えねえなあ)

 確かにここ数日はヒューマニティも忙しい日が続いていたが、さすがに幻覚を見るほどワーカホリックになっているつもりも無かった。しかし時に疲れというものは案外本人にさえ見えないものだ。

 ガガの銃撃でボロボロに半壊した楽屋を、誤魔化しもってなんとか使えるくらいには整理し、念の為もう一度鏡を見る。誰も居ない。やっぱ疲れてるんだ、と判断して楽屋を出たその時、フロアの方で何かが聴こえた。

 人の足音だ。

「くそ…やっぱ…何かいるぜ……」

 ガガは柄にもなく緊張しながらそっとフロアのドアをあける。

 やはりだ。フロアのバーカウンターの側に何かが立っている。

「そこで何してんだァ!」

 叫ぶと共に思い切ってフロアの明かりをオンにし、彼女の目が「それ」がどんな姿なのかを認識し…彼女はその姿に絶句せざるを得なかった。


 切り揃えた前髪、腰まで伸びる長い黒髪から覗く青白い肌と顔半分をドロドロと流れる赤い血液、生気が宿っていないのに鋭い眼光は扉を開けたガガをまた見つめていた。頭には棒のようなものが刺さっており…おそらくこれは矢だ…矢尻は完全に彼女の頭に収まっており、おそらく脳にまで達している。箆(=の、棒の部分)は途中で折れ曲り、矢羽には吹き出したであろう血がこびりついていた。服装はこの辺りでは見かけないオーソドックスな女子高校生のセーラー服だが、何年も着古し、いばらの森でも駆け抜けたかのようにボロボロで、裾からは生腹も露わになっていた。同じくそこかしこが破れたスカートからはまた青白く傷だらけの足が伸び、足元は靴…ではなく裸足に草鞋というアンバランスなものだった。


 何より奇妙であり、ガガが咄嗟に「こいつは敵だ」と認識せざるを得なかったのはそいつの持ち物だった。右手にはスラリと長く、鈍く光る刃物を持っていた。よく見るとスカートの腰に紐を強く巻きつけ、そこに"鞘"をぶら下げている事からそれが日本刀であるという事が分かった。明らかに死人だが、しっかり直立しておりその目はしっかりとガガを捉えていた。ガガはもはや自分自身を棚に上げるより他は無かったし、既に自身の髪の色と同じ、真っ赤なパーカーを脱ぎ捨てて背中のファンネルを全て展開し臨戦態勢に入った。

 その時少女が発した言葉に、ガガは耳のインプットの故障を疑った。

「う・・・・ら・・・・・・・・めしや・・・・・」

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