第二十六頁 糞回
「トンネルとか墓場もいいんだけどさ。やっぱトレンドは廃墟なんだよなあー。大ちゃんもオススメしてたんだぜ。一番ヤバいのは精神病院!大ちゃんはいとこの兄ちゃんと行った事あるみたい。そしたらさ、もう入った瞬間にざわ…ざ…ざわ…ざわっ!てきたみたいで。キャーキャー叫びながら出てきたんだって。アホだよなあ〜!」
凌二ったらガタイばっかいいバカで、親友に触発されて心霊スポットに行くなんて言い出しちゃって、雑誌とか広げて候補地を挙げだしたのがつい5分前。てか私、行くとか一言も言ってないんだけど。
嫌なんだよね、見えちゃうから。物心ついた時からそう。最初はそれでフツーだって思ってたんだけど、周りが私が言う事に不自然に怖がるようになってから、ああ、私見ちゃいけないものが見えるんだって子供ながらに悟ったのよね。小中学校ではそれであんまり友達出来なかったけど、今の高校では霊感少女とか言ってちょっとした人気者になっちゃって。夏休みなんて絶対に肝試しに誘われるんだもん。でも決まってみんな、これは多分100パーセントね、勘違いしてるのよね。霊が見えるイコール耐性がある、てわけじゃないのよ。見えたって怖いもんは怖いし、見えるからこそ怖いって事もあるんだから。
「きいてんの?尚葉ねえちゃん。次の土曜の夜な!」
「何勝手に決めてんのよ。行くなんて言ってないでしょ。だいいち私は肝試しなんて嫌いなの。怖いってのもあるけどさ、死んだ人を使って遊ぶなんて、絶対に良い事なんてないんだから」
「綺麗事言ってんなよなー。霊なんているわけないから大丈夫なの。それを確かめに行くんじゃん。てか尚葉ねえちゃん怖いの??見えるのに???」
ほらまた。弟でさえ勘違いしちゃってるし。幽霊は居るわよ。
そんでね、怖いのはめちゃくちゃ怖い。
中学2年になる3つ下の弟、凌二はやると言ったら必ずやる。成功するか、失敗するかどっちかまでやる。それは凄くいいんだけどね。ただ、バカなのよ。小学生の頃だって、自由研究とかいって蝉の死骸を5体も集めてきて、「こいつらを"ぶっ生き返す"んだ!そせいじゅつ!」とかワケわかんない事言って、虫嫌いのお母さんに見つかってめちゃくちゃ怒られてたし。
でも姉としては、これはもう本能なのかどうか分かんないんだけど、ほっとけないでしょ。だからこうやって、結果的に心霊スポットとかバカみたいなイベントにも付き合う事になっちゃってる。
「想像したよりやべーな」
星凛町から少し北に行くと、工場が立ち並ぶ一帯がある。その中に、何故こんな所に建てたのか分からないが廃墟になった精神病院があった。敷地はそこそこあり、取り壊せば大きめの工場がもうひとつは建ち、ものづくりに貢献できる。しかしそのまま長年も放置してあるというのは、それなりの「理由」があるのだろう。…考えたくもないが。周りの工場はしっかり毎日動いているのに、ここだけが時間が止まったように異様な雰囲気を放っており、その対比がまた不気味だった。
「やめときましょう。ここ、ちょっと危ないわ。本当よ」
「大丈夫だよ。いざという時は俺が尚葉ねえちゃんを守ってやるからさ」
「無理矢理連れて来といて何カッコつけてんの。てかアンタ、何でまた便所サンダルで来てんのよ。虫に噛まれても知らないわよ」
凌二は何故かいつも便所サンダルで外に出る。学校まで履いてった時はさすがに生徒指導の先生にドツかれたらしいけど。
「俺はこれが一番落ち着くの」
意気揚々と「立入禁止」のロープを潜り抜け、中に入っていく凌二。入口は不自然にも前の道ではなく、隣の工場建屋に向かう方向を向いていた。塀で死角になるので、恐らく廃墟に入る私達を見て、誰かが外から咎めるという事はないだろう。
凌二は持ってきた懐中電灯で中を照らした。まだエントランスなので、崩れた壁の破片が散らばっている以外は何の変哲もない、オーソドックスな廃墟(妙な表現だが)だった。ただ、入る瞬間にやはり嫌な気配はした。凌二は大丈夫なのだろうか。霊感のある私の感覚を周りの皆が理解できないように、私自身も霊感の無い人の感覚が分からない。
「お、階段だ。2階行こうぜ」
テンション高めで進んでいく割にはしっかり、後からついていく私の方をしょっちゅう振り返って確認している。やっぱ怖いんじゃないの。
「ちょっと待ちなさいよ」
まあ私も怖い。恐る恐る階段を昇ってみた。足元の床の破片がジャリジャリと鳴って気持ち悪い。
2階は病棟なのだろうか。小さな部屋が沢山あるが、とても病室には見えなかった。時々開いているドアがあり、中が見えた…小さなベッドにテーブルがあるだけで、窓には精神病院らしく鉄格子が組まれている。病室じゃない、まるで独房だ。
「う、うわぁ……」
5つめくらいの部屋を覗いた瞬間に私達は絶句した。部屋はこれまで見てきたのと同じく小さな、独房じみた部屋だったが…壁一面に殴り書きがあった。「ほちょう」「ないふ」「かたー」「どす」「きり」「霊」「魔」という字が、無数に、不規則に超絶乱暴に壁という壁に書かれていた。ほちょう、や、ないふ、は刃物の名称を並べているのだろうか。包丁、ナイフ、カッター、ね。ただ、「霊」と「魔」はその間をかいくぐるように、やたら綺麗な字で書かれており、筆跡が違うように見えた。これはおそらく、私達のように探索に来た人達が悪戯で書いたものだろう。全く、霊とか魔だなんていかにもすぎてセンスに欠けるというか、こういう事はするもんじゃない。
「うぇぇなんだよコレ……」
「まあ、精神病院だからね…」
私は言い聞かせるように答えた。
しかし妙なのは、先程から「彼ら」が一切いない。こんな場所なら、私にだけ見える「彼ら」がいくらでも居ていいようなものだった。
2階には、他にも様々個性的な部屋が存在していた。頭の部分が無い特撮ヒーローのフィギュアが無数に並べてある部屋。ベッド、テーブル、椅子など全てのものが無造作にひっくり返っている部屋。部屋のど真ん中の天井から一本のロープが伸びて、靴下がひとつぶら下がってるだけの部屋に限っては、なんだか現代アートのような感じもして、恐怖というよりは感心の気持ちが強かった。
その時。
居た。靴下の部屋の右奥の方。じっと私達の方を見てるわ。歳は20代後半くらいの男。ここで死んだんだろう、でもこいつはあんまり危険なやつじゃない。だからってお友達になりたいだなんて微塵も思わないけど…霊感ゼロの凌二にはもちろん見えてないけど、言わないでおく。
でも、嫌な事に気付いてしまった。こいつ、思いっきり怪我してるじゃない。不自然に顔を斜めに突っ切るような切り傷があった。如何にも今怪我しましたみたいなノリで、苦しそうに呻いている。こっちに手を伸ばして助けを求めてるので、出来ればさっさと退散したいんだけど…。
幽霊は生前その人が最も強い執念を持っていた時期の姿。地縛霊ってのは、その場所で死んだ時の姿ってのが基本。例外はあるけど、一応そう。精神病院で、こんな切り傷を残して死ぬ事があるかしら。刃物のような物は近くには落ちてないし、自殺ではないのだろうか。末期の人が刃物を振り回して、何人かを殺した。それが原因で病院は閉鎖してしまった、なら納得がいく。でも、そんな「スキャンダル」があるならもっとこの病院は有名になってるはずなんだけども。
ああ、やっぱ止めとけば良かったな、と若干後悔して部屋を後にする。
3階に上がった時、異常な空気が私を襲った。いや、凌二もそれを感じているようだ。
「尚葉ねえちゃん、ここ…」
「マズイわよ、凄くマズイ…帰ろう、凌二」
「な、何言ってんだよここまで来て。どんつきの部屋まで行ってみようぜ…それで何も無ければ、帰る!」
正直絶対嫌だ。1階や2階とはワケが違う、異常ともいえる…例えればでっかい冷凍庫の中にいきなり足を踏み入れたような、ざわっとした空気の変わり目を確かに感じた。
その瞬間。
「ばか凌二!何やってんの」
凌二のバカが、突き当たりの部屋まで全速力で走って行った。タスタスタス!という便所サンダルの安っぽい音が廊下に響く。
「待ちなさい!!」
追いかけるうちに確信した。この嫌な空気、あの突き当たりの部屋から来ている。怖い。凌二が危ない。二重の恐怖が私を襲ったが、足は反射的に凌二を追いかけていた。
「尚葉ねえちゃん!やっぱ何も居ないぜ〜ここにはよお!霊なんて居ない!最後にここを開けて終わりだ!」
ドアの閉じた突き当たりの部屋で、凌二はこちらに向かって叫んだ。何とか追いついた私は、凌二の顔を両側から掴んでバカ、アホ、と小声で怒鳴りつけた。
「いい?絶対にこのドアを開けちゃダメ。あんた、私が霊感が強いって事はよく知ってるでしょ。私には分かるわ。ここは開けちゃダメ」
「尚葉ねえちゃん。尚葉ねえちゃんは高校2年でもう大人だぜ。俺はまだ中2だ。ダメって言われた事はやりたくなるし、尚葉ねえちゃんだって俺が一度決めた事は成功するか、失敗するかまで続ける男だって知ってる…」
「やめなさい!!!」
「だろっ!!!」
ガラッ!!!と凌二はドアを開ける。
中は薬品やら書物やらが保管してある倉庫のような部屋だった。棚がきちんと並んで、整理整頓されている。
はずだったのだろう。殆どの棚は倒れ
…これは信じたくないが、棚、イス、テーブル、壁、そこら中に刃物で切った後がある。闇雲に刃物で切りつけたあと。切り口は月明かりに照らされ、くっきりとした陰をつけ余計にその不気味さは際立っている。嫌だ。寒気はピークに達しようとしている。気絶しそうだ。
「尚葉ねえちゃん」
「な、なに」
「お、お、俺はさ…」
「何よ」
「俺、何があっても、尚葉ねえちゃんを……ま、ままま…守るからさ…」
凌二は部屋の中央一番奥を見つめたまま動かない。
居た。
長い髪。多分女。ボロボロの衣服で、右手には刃物を持っていた。
途端、凌二の懐中電灯がうっかり彼女?の顔を照らしてしまった。
彼女の顔半分は、血で真っ赤だった。つい今しがた流れだしたような鮮やかな赤。背筋をピンと伸ばし直立したまま…恨めしそうな鋭い目つきでこちらを見つめていた。
いや、私はここで根本的な問題に気付けて良かった、と今でも思う。ここでちょっとでも気付くのが遅かったら、どうなっていたのだろう?想像もしたくない。彼女がどういった霊だとか、何に未練がらあってここにいるだとか、そういう問題ではない。
霊感ゼロの凌二が、彼女を認識していた。これが意味する事はたったひとつだった。
「凌二!!走って!!!!!!!!!!」
その後の事は覚えてない。多分、一目散に逃げて逃げて、階段を駆け下り、玄関まで走って……これが映画だったらこの玄関がいつの間にか閉まってて、閉じ込められて…となるのであろうが幸いそうではなかった……外に逃げた。全速力で大通りに出た。すごい勢いで人がまばらに居るコンビニに入った…。
そこから多分1時間は動けなかった。店員に不審に思われたかもしれないが、外に出るとアイツが追ってきているような気がして…
そんな訳で、さすがに凌二の奴も数日は恐怖で挙動不審になっていた。私達は警察に通報したが、あの後どうなったかは知らない。知りたくもなかったし。
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