第二十五頁 パンク作家とフライデー・ナイト

「あー僕ねえ。知ってるよ、彼」

 あれだけの事があったのに、まあ日常茶飯事ですよ、と言わんばかりにのんびりした声で店主は言った。

 人間に捨てられた物が、九十九神ならぬ九十九プラモ化し、持ち主が来るのを待ち構える恐怖の模型店「プラ・モデル」を出ようとする街田は彼の声に振り向いた。

「"犬狗我者毛丈六(いいがじゃけじょろ)"。彼の名前ね。まあ僕も一応は神だからね。存在は知ってる。知り合いじゃないけどね」

「イイガ…何だって?」

「まあ名前は別にいいよ多分ね。大きな意味はないジャロ、なんつって。とりあえずね、彼は味方だよ。害はない。でもさ、一回会っといた方がいいんじゃない。君、彼が何で側にいるのかは分かってんだろ」

「分かっていたら何だ」

「うーん。モヤモヤしてるだろ、君。すごくモヤモヤしながら過ごしてきたし、今もまだしてる。過去は清算しなくちゃならない。必ずね。そこの、妖怪の猫ちゃん。カラクリの娘さん。他にも誰かいるのかな。出会いはねえ、大事にしな。何で出会ったのか考えてみな」

「言っている意味が分からない…詳しく話せ」

「ハイ今日はここまで!まあ気が向いたらまた来てね。フ、フフ、フ、ル、ヘッヘッヘッヘ!!」

 二度と来るか!3人は叫ぶ気力もなく、模型店「プラ・モデル」と妙な笑いをする店主を後にした。色々聞きたかったが、あんな危険な場所からは早いところずらかりたい気持ちがダントツで勝ってしまった。

 ガガは、帰ると早速「不要な楽器 捨てるな!引取ります 詳しくはスタッフまで」というチラシをつくり、「ヒューマニティ」の楽屋にでかでかと貼り付けた。

 恐怖やトラウマレベルの経験から思いつくニュー・ビジネスがここにあった。


 …


「そんな事があったんすか!?怖ええー……行かなくて良かったっつーか…無事で良かったすよ」

 コンビニ「さんさんハウス」でアルバイト中のカインに、街田とサシは買い物がてら「プラ・モデル」での出来事を世間話的に報告していた。怖えーと怖がる悪魔が見られるのはさんさんハウス星凛駅前店だけ。

 悪魔も人ごとだ。まあ人ごとだが。

 街田は模型店の店主が言った事が気にかかっていた。あの、犬の霊に一度会っておけとはどういう事なのか。会ったと言っていいかは分からないが自宅で、サシが初めて来た時に一度。そして模型店で一度、お目にはかかっている。模型店では少しだが会話もした。あの時は結果的に助けてくれた事になるので、敵ではないという事は納得できる。自宅でサシを攻撃したのも、警戒しての事だったのだろう。

 そもそも、街田には何故犬の霊が自分に憑いているのか…その理由は知っていた。ただ、それはもう人と関わってはいけないという忠告のようなものと街田は受け取っていた。誰かに言われたわけでは無く、正確には人と必要以上に関わってはいけないと自分で自分に言い聞かせていた。

 ガガには彼女がスタッフを務めるライブハウス「ヒューマニティ」にある事務用のパソコンで「犬狗我者毛丈六」を検索してもらったが、そのようなものは一切ヒットせず、気付けばガガおすすめのニューウェイブハードコアバンドのプロモーションビデオやライブ映像を次々と見せられており話は脱線しまくっていた。

 なんとなくこの件はうやむやになり、数日が経った。


 執筆も一段落したので、ある夜街田とサシはソファでくつろいでいた。街田はたまにしか飲まないビール、サシはグミチョコパインジュースを手に持っている。

 サシは読書もだがテレビも好きで、アイドルにハマっていた。女子だから男性アイドルかと思えばそうでもなく、女性のアイドルも好きらしかった。アイドルが音楽番組やバラエティ番組で歌って踊ったり、楽しい話をするのを見るたび目を輝かせて彼女らを見ている。妖怪の彼女には無縁な世界だから、自分に無い物を武器に日々戦う彼女らが輝いて見えるといった所だろう。

 無論街田はそんなものに興味は無かったが、何度もサシの横で見ているとどんなアイドルが現在トレンドなのかが何となく把握できる。

 サシのような猫耳カチューシャをつけて、ひたすら猫っぽく振る舞うアイドル。「働いたら負け」をモットーにやる気のなさをキャラクターにするアイドル。魚などの海産物にめちゃくちゃ詳しいアイドル。普段は会話も成り立たない根暗なのにステージに立つと物凄い衣装とメイクでヘビーメタルを熱唱するアイドル。ホラー映画に詳しく、霊が見えるだとか、ひたすらオカルト要素を前に出すアイドル…様々だった。ひと昔前はとにかく可愛いだけの娘を数集めてステージで一斉に踊らせ、数打てば当たるの無個性でくだらないものだった気がするが、近年のものはとにかくそれぞれの個性を重視しているかに見えた。それにしても最近は色モノが多く、行き過ぎな気もするが。

「サシはどいつがいいんだ。この猫みたいなのか」

 街田はちょっとした好奇心で尋ねてみる。

「うーん」

 サシは真剣に考え込んだ。真剣な話では全くない。

「この人はちょっと無理してる感があるというか…猫はそうじゃない!って思ってしまう自分がいるというか」

 ああ、同族嫌悪だな。

 街田は勝手に判断した。語尾に「にゃ」を付けて喋るなどキャラクター作りには余念がなかったが、サシの言う通り無理している感は否めなかった。そういえばサシは語尾に「にゃ」はつけないんだな、猫なのに。

「えっ…めんどくさいじゃないですかそんなの」

 というのが彼女の言い分だった。まあ、めんどくさいと思う。


『それじゃ次は亀ノ内・シャングリ・らいふさん』

 司会の、オールバックにサングラスの年輩の男が次のアーティストを紹介した。生放送で、先程ステージで歌っていた猫耳カチューシャの娘は後ろの席に戻って来た。激しい動きでズレたのか、カチューシャの位置を気にしている。

「最近はバンドもアイドルも突拍子のない名前の奴ばかりなんだな…」

 司会の男の隣にはまた別のアイドルがちょこんと座っていた。まず目を引くのは腰あたりまであるであろうストレートで長い銀髪。額の真ん中でキッチリ分けており、カラーコンタクトなのか金色の眼が綺麗な左右対称に、半分ずつ髪に隠れている。眼は、眠いのかメンチを切っているのかジトッと座っている。日本人にはあまり見えない。ハーフか何かか?

 更に変なのはその服装だった。女子用のスクール水着を思わせるレオタードの上から、背丈よりも長い…白衣のようにも見えるが…上着を羽織っていた。背はかなり、多分サシよりも小さく、まだ小学生くらいに見えなくもない。数ある出演者の中でも一際異彩を放っていた。

「こいつもアイドルなのか」

「そうですよ!歌はちょっと難解なんですけどね、トークがすっごい面白いんです」

「シャングリ…らいふちゃん、初出演ですね。よろしく」

「よろしく…おねがいしますー」

 特に表情も変えず、気だるく低いトーンの返事で亀ノ内・シャングリ・らいふとやらは返事を返す。うわっ、きつい。街田は早々に嫌な予感がした。

「亀ノ内・シャングリ・らいふさんは史上初の宇宙人アイドルという事で、先週ファーストシングル『どろどろ☆しゅりんぷ』で華々しく地球デビューされました!」

 司会の男の逆どなりに座る司会の女がはりきって紹介した。大真面目に解説する内容なのか、司会というのは何と大変な仕事なんだ。街田は同情に似た感心をした。

「はい、えー…私はー…カラティカ・……えーと、バイタミーン星から、やってまいりましたー…ちきゅーから、えー、えーと、5光年…」

 きつい。

 街田は見ていられなかった。大体、宇宙人アイドルというか、何々星から来ましたみたいな事言ってるアイドルって昔居なかったか。斬新でもないし、設定も中途半端なアドリブくさくてブレブレだ。

 見れば、サシは目をキラキラさせて食い入るようにテレビを見つめている。

「なあ、聞くが…お前ってこれが好きなの」

 恐る恐る聞くと、サシはテレビから一切目を離さずにフンフンと頷く。正気か。いや、こいつにしてはこういうのが珍しいのか…それを否定するつもりは無いが、しかし…と街田は複雑な思考を巡らせた。

「らいふちゃんにとって、地球はどうなの」

 司会の男がクソ真面目に問いかける。

「そーですねー、みんなやさしくてー…食べ物は、おいしくてー」

 マニュアルにでも乗ってそうな月並みの感想をつらつら述べる宇宙人アイドルとやら。街田はビールを飲み干し、アホらしくなったので席を立った。


「それではスタンバイお願いします」

「ん」

 と無愛想な会釈だけして、銀髪の妙なアイドルはステージに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る