恋愛小説は両思いのプログラム;

戸隠 洸

第1話

気付いた時には、マサトの顔がすぐ近くにあって。

「マサト…あっ」

唇に伝わる柔らかい感触。頭の中が真っ白になった。


「『お前のことが好きだ』…っと」

ノートパソコンを閉じて、ふと机の上の小さな目覚まし時計を見た。既に夜の一時を回っている。

その時、スマホがブーッ、と震えて新着メールの受信を告げた。


奏、まだ起きてるよねー? わたし宿題終わりそうにないから、学校で写させて〜


親友の亜紀からだった。いつもの文面、いつもと同じ時間帯。終わりそうにないというよりは、そもそも取り組む気がないのだという事を知っていた。


はいはい。良いよ笑


短い返信。画面の下のへこんだボタンを押して、ホーム画面へ戻り、時計のアプリを開く。アラームを六時半にセットした。


「おっはよー」

高校の前の登り坂。私を見つけた亜紀が飛びついてきた。

「おはよ」

「ねぇねぇ、奏の小説読んだよ!あれ超ヤバイね!胸キュン!」

「でしょ?私もね、書いてて萌え死にそうだったー」

そう言う私を見て、亜紀がニヤッと笑う。

「浦西くんのこと考えながら書いたの?」

浦西くん、とは私と同じクラスの男子のことだ。高一の時、とあるきっかけで好きになったのだが、それを亜紀に話した覚えはない。なぜ勘付かれたのか…。

「ちがうよ、なんで浦西くんが出てくんの?」

一応しらばっくれてみたが、亜紀は一層ニヤニヤし始めた。この女は、私をからかうのが相当好きらしい。

「だって奏、授業中とかずっと浦西くんのこと見てるし?スマホのパスワード浦西くんの誕生日だし、浦西くんのタイプの女の子がポニーテールって聞いてから、ずっと…」

「もう良いよ!」

怒る私の頭の後ろで、ポニーテールの揺れる感覚がした。思わず赤面する私。

「でも奏が羨ましいよ〜、私は全っ然好きな人できないから」

「でも亜紀、青山くんのこと好きじゃん」

「なんで!?」

「だって…」


桜庭高校二年C組の教室は三階にある。校舎が南向きなので、窓際の席は暖かい日差しを直に受け気持ち良さそうなのだが、残念ながら私の席は日の当たらない廊下側だ。もっとも、小説書きという地味な趣味を持つ私には、丁度良い席かもしれないが。ちなみに亜紀の席は私の隣で、浦西くんは窓際の席だ。

「春宮さん」

席に着くなり後ろから声をかけられた。しかし私はすぐに振り向くことはできなかった。声の主があまりに予想外の人だったからだ。

「あ、浦西くん。浦西くんの方から話しかけてくれるなんて珍しいね」

「あ…うん」

そして、しばしの沈黙。浦西くんは気まずそうに頭を掻いて、何かを迷っている様子だった。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。まさか、告白?今、ここで?ど、どうしよう。

「春宮さんって、春川恋町…なの?」

「ええええぇぇっ!?!」

春川恋町…。脳がパニック状態で、理解が追いつかない。春川恋町は、私が恋愛小説を書くときのペンネームだ。それを浦西くんが知っている…。つまり?

「俺、春川恋町のファンなんだ」

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