暁の鳥は曇天へ孵った



 密林の奥地に、その神殿はあった。

 急な階段を正面に作られた、高くそびえる石の建造物。

 漆喰に固められた荘厳な姿は、密林の中に祀られた祭壇のようにも見える。

 その頂からは、“太陽”が昇っていた。

 日の出の方角に向けて作られ、向き合えばその天頂から日が昇るように計算されて積み上げられたものだが、今は昼を過ぎている。

 なのに祭壇の頂からは、ぶれる事無き灼熱が冠のように輝いて、すでに高く昇っている“本物の太陽”と直線を結ぶように存在していた。


 神殿の周囲にはかつての“都市”が広がっていた。

 焼け崩れた家々に、もはや人の姿は無い。

 廃墟だけがそこにあり、生きている者はもう誰もいない。


 今も神殿の上に眠る、“それ”を除いては。



*****


 その都は、かつて一度滅びた事がある。

 理由は干ばつとも飢饉とも言われ、かつてそこに根差した文明は、一度滅び……往時の隆盛にくらべれば微々たる程度の生き残りだけが、密林の外に逃れて生き延びた。

 しかし、百年と少し後。

 若者が親となり、祖父母となり、死んで……それを二度ほど繰り返した頃、彼らはそこへ帰ってきた。

 そこには親たちから伝え聞いた通りの都が、ところどころ苔生していながらその姿を残していた。

 ややきつい階段を正面に抱く造りの、高くそびえる石の神殿。

 顔料で色鮮やかに塗られた巨岩の人面像、かすかに残っていた建物の石壁と神殿の外壁には、神話を語る石板が“最期の言葉”のように遺されていた。


 そしていつからか、神殿の頂には巨鳥が巣を作っていた。

 それを最初に見た“帰還者”達は、当初は大型のグリフィンと思い、肝をつぶしてしまった。

 だが、その巨鳥は襲っては来ない。

 木の枝と布片をり合わせて作った、神殿の頂の“巣”から――――興味深そうに彼らを見ているだけで敵意はなく、むしろ優しげにすら思えた。

 やがて、落ち着きを取り戻した帰還者達の一人が叫ぶ。


「あれは――――“太陽の鳥”だ! 爺さま方の言ってた、伝説の鳥だ!」


 彼らの伝説の言う、“太陽の鳥”とは、地上に火をもたらし、人類に授けてくれたとされる神の一柱。

 並外れた巨鳥の姿である事と、その身が太陽の化身であるという事だけが語り継がれている。


 やがて都は、蘇った。

 往時の隆盛には程遠くとも、噂を聞きつけた同じ血筋を持つ者達が集まり、密林の中の小さな都として。

 かつて“太陽の鳥”を祀っていた神殿の頂に住みついた謎の巨鳥が、彼らを見守っていた。

 


*****


「よう、“太陽の鳥”。お目覚めかい?」

「ピュイ……」


 誰も祀らなくなった神殿、その急傾斜の階段を一人の若者が昇っていき、鳥に声をかけた。

 互いを害せる距離まで近づいても、巨鳥はまるで飼い慣らされた鳥のように、若者を見て一声、小さく鳴いた。

 その翼長は、家を一つ包み込めるほどだ。

 鷹にも似ているが、その羽根の色は抜けて、白が混じり始めている。

 若者――――セリオの父が、ここへ還ってきたその年、彼は生まれた。

 生まれてから二十年近く、親の顔よりその鳥を見た回数の方が多く、生まれた時にもこの巨鳥は鳴いたので、親の声よりも先に聴いた。


 日焼けした浅黒い肌に彫られた入れ墨は、既に一人前の男である事を示す。

 精悍で人懐っこいその顔は、屈託のない笑みをいつも絶やさない。

 そして彼は、今日も……巨鳥に、食事を運んできた。


「ほら、今日は玉蜀黍とうもろこしもあるぞ。慌てるなよな?」


 目の前に、大きな葉に載せた“供物”を置いてやると巨鳥はそれを喜びながら啄んだ。

 果物、葉野菜、玉蜀黍が数本。

 一日に二度、都の者達が鳥に捧げているものだ。


「……昔は、ここで心臓えぐって捧げてたんだってな。なぁ、鳥よ。お前、その時の事とか知らないよな?」


 問いかけてやるも、鳥はめったにありつけない“それ”に夢中だ。

 かつて、セリオの一族がこの土地で隆盛を極めていた頃……この神殿は、乙女の心臓を抉り抜き、神への供物としていたという。

 巨鳥の寝床となったそこは、供儀くぎの台だった、と。

 しかし、今は違う。

 ここに鎮座する巨鳥は、生贄など求めていない。

 ひたすら穏やかに日々を過ごす人々は、誰も過剰な繁栄など求めていない。

 人々は鳥を、神では無く“仲間”として迎え入れていた。


「ま、いいや。じゃーな。夕方になったらまた来る。確か夕方の当番はミナだったな。階段から落ちなきゃいいけどさ」


 そして、若者セリオは来た階段をゆっくりと下りていった。

 ――――その背を、鳥の後ろから上った太陽が照らしており、眼下の家々から、朝を迎えた人々が出てくるのを見ながら。


「おはよう、セリオ。相変わらず早いねー」

「よう、ミナ。お前が寝すぎなんだよ」


 玉蜀黍の枝を編んで作られた彼ら特有の住居の一つから、少女が顔を出した。

 黒い髪を両側に三つ編みにした少女は、セリオの幼馴染だ。

 厳密に言えば二つほど下だが、どちらもそれを気にする事無く、気楽に付き合っている仲だった。


「……ところで、昨日……セリオ、聴いた?」

「あ? いや、何を?」

「何を、じゃないよ。夜中にすごい音したよね? 何か……」

「してねーよ。そんな音がしたんなら起きてるに決まってんだろ。どんな音だ?」

「なんだろ。何か……ものすごい、叫び声みたいな……」

「……やっぱりしてねぇって。それより、オヤジさんでも起こして来いよ」


 少女ミナは、不承不承といった面持ちで家の中に戻り、父母に声をかけた。

 ミナが言ったような絶叫は、少なくともセリオは聴いていない。

 聴こえていたのならば目が覚めるはずだし、もしそんなものがあれば村人達も目を覚ますはずだった。


「……あのバカ、夢でも見たんだろな」


 自宅に入り、セリオは畑仕事の準備を始める。


 ――――――いつもと同じ、日常の支度を。



 *****


 かつてこの地には太陽の化身が降り立ち、人々に火を授けた。

 森を焼き払うとその灰は土を肥えさせ、良質の畑と変わって、そこから一面の玉蜀黍とうもろこしが顔を出して、人々の飢えを満たしたと云う。

 木々を焼き払った空には雲が立ちこめて雨を降らし、渇きも満たした。

 たった一柱の神の鳥が、この密林へひとつの文明の礎を気付いた。

 しかし、やがて太陽の鳥は老いていく。

 人々に生きる力と糧をもたらした事により力を使い果たして、やがて、息絶えた。

 彼らはその太陽の鳥の死をひどく悼み、神殿を建立し、やがて命を取り戻すはずと信じて生贄を捧げて待った。

 だが――――太陽の鳥は、それを喜ばなかった。

 すでに死んでしまった自分を生き返らせようとする、人々の行いへいきどおる。

 もう自分の力がなくとも彼らはやっていけるはずなのに、子を産み育て、妻となり母となるべき乙女の命を散らしてまで、縋りついた。

 太陽の鳥の怒りは干ばつとなり、飢饉となり、その地を襲う。

 その地に――――人が、いなくなるまで。

 罪深い行いを人々が悔い改めるまで。

 そして、いつか……戻ってくる事も信じて、太陽の鳥はその都市を焼いた。

 それが、神殿へ戻ってきた末裔達が聞かされ、今も固く信じる神話だった。


 だが――――セリオは、そこには続きがあると感じていた。



*****


 彼は今日も、太陽の鳥へ供物を運ぶ。

 傍らにはミナがいて、果実を啄む鳥を、二人は見守る。


「ねぇ、セリオ。あれ……何なのか分かった?」

「いや。……分かんない。あの壁画、いったい何なんだ?」


 二人の話している壁画とは、神殿の下部、ほぼ裏手側に位置する一枚だ。

 先述の神話の流れを彫り込まれたそれには空白があって、続きの部分に気になる図版がある。

 それは――――炎に包まれた神殿と、灰へと変わる森。

 祭壇の上には真っ白い球が鎮座し、そこから何かが生まれ、這い出してくる。

 祭壇の前には黒衣の一団がいて……それを見上げる。

 意味する処の分からない、不気味で意味深な壁画だった。


「……そもそもさ、あれ……誰が彫ったんだ?」

「え……?」

「干ばつやら何やらで一度滅びたんだろ? 太陽の鳥が蘇るって意味ならさ、あの黒衣のヘンな奴らは何なんだ? どう見ても友好的には見えないぞ」

「うーん……」


 ミナは首を傾げ、小さくうなる。


「……おい、お前はどうなんだよ? こんなトコに巣を作って、随分と意味ありげなのに何も言わないのか? 何者なんだ、お前?」

「ピ……」


 巨鳥は責められていると感じたか、小さく鳴いた。


「こら、やめなさい。……セリオはバカだから、相手にしちゃだめだからね」

「バカって事ねーだろ! ……それにしても、なぁ」

「うん……」


 このところ巨鳥は、食が細くなっていった。

 玉蜀黍を捧げれば喜んで二~三本も食べていたのに、今は一本でせいぜいだ。

 果実も残してしまい、みるみる痩せていくようだ。

 それは、まるで……あの神話の中盤を見るかのように。


「おい、鳥。死ぬんじゃねーぞ。俺とミナの子供に会ってもらわなきゃならないんだからな?」

「ちょ、ちょっと……セリオ!」


 巨鳥はかすかに身を強張らせ、二人を見やる。

 セリオとミナは、婚約を交わした。

 次のミナの誕生日で、正式に夫婦となる事が決まっている。

 鳥には分かるべくもないが……それでも、鳥は祝福するように翼をうごめかせ、高らかに鳴いた。

 それはセリオが久々に聴いた、巨鳥の元気な声だった。


「返事したな? 約束だぞ。俺とミナの子供が生まれるまで、絶対死ぬなよ!」

「もう……」


 二人の婚約の報告を、鳥は聞き届け……そして、午睡を始めた。

 二人は巨鳥の眠りを妨げないように、手を繋ぎ合いながら、階段を下りて行った。



*****


 巨鳥は、眠る時間がだんだんと増えていった。

 朝に供えたものが減っておらず、夕方に持っていくとようやく少し手をつけている程度だ。

 人々は、悟る。

 もう、この謎めいた巨鳥は長くはないのだと。

 もはや――――その声が朝を告げる事も無いと。


*****


「それにしても……なぁ。あのチビ二人がもう結婚とはな」

「な。時間ってのは早いもんだよ」

「……本当になぁ。うちのかみさんも、若いころはミナちゃんに負けてなかったんだぜ。今は……たまに、俺はトロールと結婚したのかと疑うぐらいさな」

「おいおい、言いつけちまうぞ?」


 婚礼の日、その前日。

 二人組の村人が祭礼に用いるための鳥の尾羽を獲るべく、村を離れて狩りに出ていた。

 離れてもなお、木々の合間からはあの神殿が見えた。

 その頂に眠る鳥の姿も、同じく。


「なぁ、何だか……暑くないか?」

「……お前も?」


 鉈で藪を狩り払いながら進むと、段々と身体が熱を持ちはじめた。

 藪に覆われた密林が暑くて、進むうちに汗をかくのはおかしな事ではなく当たり前だ。

 だが、それとは明らかに違う。

 巨大な熱量を持つ何かに炙られるような、“暑さ”ではなく“熱さ”。

 喉がカラカラに渇いて、肌がちりつく。


「くそっ……! いったい何だ、こりゃ」

「おい……引き返さないか? 何か、変だ……」

「バカ野郎、引き返しちまったら、婚礼の準備に間に合わないだろ! さっさと捕まえてさっさと帰るぞ。とりあえず、一旦休憩して……」


 腰にくくりつけた水筒を傾け、舌で命の水を迎えようとすると。


「っ、熱っ!!」

「大丈夫かっ!?」


 舌に落ちてきたのは――――もうもうと湯気を立てる、“熱湯”だった。

 唇と舌に火傷を負った男が、身を折って悶えていると……もう一人の男の水筒が破裂し、熱湯を撒き散らし、脚に降りかかった。


「ぎゃっ! な、何だよ!?」


 既に、その熱は無視できないほどまで高まっていた。

 水筒の水に異変が生じて、明らかに肌が何かに炙られている。

 視界には陽炎までが生じて、慣れ親しんだはずの森の木々が、煙を上げるのも見えた。


「なっ……ん、だ……?」

「む、村に帰ろう……何か、変だ……」


 既に、二人は意思を喪失した。

 二人の負った火傷など、もはや些事だ。

 火の気の無い森の中で、異常な高熱が発生している。

 村へ帰って、異変を皆に報せなければならなかった。

 だが。


「…………フン。相変わらず脆弱なものだな、物質界の生命というものは」


 気付けば、二人の目の前に――――“それ”は、現れていた。

 低く落ち着いた声には、傲岸不遜な殺気が満ちる。

 全身を覆う黒衣、その口もとだけが見えて……まるで熱した鉄のような、不気味な大男だった。


「何……、ぐっ!」

「うがっ!」


 黒衣の下から現れた腕が、二人の男の首を掴みあげる。

 その腕はさながら煮え立つ溶岩のように不気味な色に脈動し、空気を歪ませる。

 掴みあげた首からは皮膚の焼ける音と異臭が立ちこめ、二人は逃れようと激しく手足をばたつかせた。


「それに……何と冷たい身体だ。凍傷になってしまいそうだ。……失せろ、ちりめ」


 大男がほんの少し、力を込めると……二人は、一瞬の間に叫び声も上げずに灰となり、崩れた。

 衣類の破片が微かに焼け残っただけで……もう、二人の男はこの世から消えてしまう。


「……“太陽の鳥”とやらのくだらん話を聞きつけては来たが……死にかけの老いぼれしか俺には見えんな」


 大男は――――四人の内の、一人。

 世界へ現れた魔王、その腹心……“四天王”と呼ばれる強大な魔族。

 “獄炎”の異名を持ち、ただ存在するだけで世界を焼き焦がす存在だ。


「……さて。行くぞ……貴様ら」


 “獄炎”の背後から、十数の同じく黒衣の者達が現れる。

 彼らの闇深い視線の先には、神殿があった。



 *****


 数日ぶりに目を覚ました鳥は、焼かれる世界を見た。

 眼下で、かつて賑やかに、しかし穏やかに過ごしていたはずの人々が逃げ惑う絶望の悲鳴が聴こえ、身体を起こした。

 そこは、地獄だ。

 人々が生きながらに焼かれ、斬られ、刺され……明日に控えていたはずの婚礼に向けた準備は、蹂躙されていた。

 家々ばかりか周りの木々までも焼き払われ、もう、ここから逃げる方法はない。

 立ち上る熱気は巨鳥を容赦なく襲い、息をも吸えない熱が、枯れかけた羽根を炙った。



「ピィィィィッ!」


 鳥は――――久しく忘れた声を取り戻した。

 やがて、鳥は気付く。

 業火に包まれた眼下の村から、二人の村人が神殿の階段を上がってきている事に。


「よ、ぉ……鳥。お前……なんだよ、鳴けんじゃねぇか……」

「ピィ……」


 上がってきた二人の内――――ミナはもう、息絶えていた。

 不思議なほど綺麗な亡骸は、かすかに煤がついている程度だった。

 彼女の身体を下ろしたセリオの半身は焼け焦げていて、ここまで来られた事が奇跡としか言いようがない。


「お、前……逃げろ……飛べん、だろ……? ごめん、なぁ。お前……こんなに元気なのに……俺たち、の方が……先に……」


 セリオは涙ながらにそう言うが……伝う雫も、蒸発した。

 静かに横たわるミナの亡骸に縋るように、彼は……ゆっくりと、動かなくなっていった。


「ピュロロロロロッ!! ピイィィィ――――!」


 鳥は――――“泣いた”。

 そして。


 長く腐らせていた翼を広げて、天空へ舞い上がった。

 よたよたとした頼りない飛翔で、村の中心にいるひときわ大きな黒衣の者を見下ろす。

 その者も鳥の姿に気付いたようで、煮え立つ溶岩のようなかいなを伸ばし、手招きした。


「ピ、ギィィィィッ!」


 鳥は――――真っ逆さまにその者へ向かい、降下した。

 翼に感じる熱も何もかも、無視するように。

 しかし――――。


 その翼も、爪も、くちばしも、届かなかった。

 黒衣の者に触れる遥か手前で、その老いた鳥の身体は爆ぜて、飛び散った無数の羽毛の中に混じり、炭化した身体の破片が村へ降り注ぐ。


「……フン。何が太陽か。……育ち過ぎた定命じょうみょうの鳥が神を気取るか、驕るな、薄汚い燃えカスめ」


 これで――――もう、村には生き残る者はいない。


「さて、折角だ。あの神殿とやら……調べて帰るぞ」



 *****


 神殿を一しきり調べ終えた“獄炎”が気付く。

 ここには、まだ……何かがある。


「何だ。この神殿の下……何かが……」


 胎動する力は……遥かに古い時代のものだ。

 地の底に、何かが眠っているのを感じる。

 それも、熱――――のようなものが。


「むっ……?」


 “獄炎”が、神殿の頂上に視線を送る。

 直後……村人達の遺灰が噴きあがり、残っていた亡骸は自然に発火し灰となり、風に巻き上げられるようにそこへ渦を巻いて集まっていく。

 その中には鳥の羽根が混じっており……それもまた空中で燃え尽き、灰となって神殿の頂点へ。


「何だ……?」


 集められた灰は、押し固められるように、卵の形をとった。

 やがて、それは再び発火し――――太陽の如き閃光を発し、“獄炎”もまた目を背ける。

 そして……孵る。

 高らかな鳴き声は、世界に上げた産声。

 “太陽の卵”から生まれ出たのは暁の鳥。


 その身体は、燃え盛る炎で包まれていた。

 かつてそこに棲みついていた巨鳥よりも更に大きく、炎の海の中でなおも燦然さんぜんと輝く、黄金の炎が翼の形を成していた。

 空中に翻る七色の尾羽は十数条、そのどれもが大地を払うように長い。

 こぼれ落ちた羽根もまた黄金の炎となり、それに触れた魔物は炎に包まれ、消し炭と化す。


 ――――――幾度死すとも、灰の中から黄泉孵よみがえる不滅の翼。

 ――――――誰しもが知る、不死身の幻獣。

 ――――――“不死鳥”が、そこにいた。


 その目にあるのは、怒り。

 双眸から落ちる涙は炎の雫となり、眼下の侵略者へ、今一度視線を向けた。


「キュイィィィィィィッ!」

「フン……図に乗るなよ、凶鳥まがどりめがっ!」


 再び飛翔した不死鳥へ、“獄炎”が腕を振り払う。

 五つの火炎弾が不死鳥の身体を貫くも――――素通りし、上空で燃え尽きる。

 尾羽を軌跡に残して、今一度……嘴が、魔王四天王の身体を貫くべく向かう。

 ――――今度は、燃え尽きる事も、爆ぜる事もなく。


「何っ……ぐ、うおぉぉぉあぁぁっ!!」


 片手で受け止めるものの、そのまま数十メートル引きずられ……踏ん張った足の痕跡が、燃え盛る火線として地へ残る。

 そして――――不死鳥が離れ、再び空を悠然と舞う中、“獄炎”は気付く。

 不死鳥の突撃を受け止めた右手が、ひきつったように熱い。

 四天の“獄炎”は……火傷を負っていた。


「クッ……。“紅炎の巨人プロミネンスジャイアント”の創造で力を使い過ぎたか。……忌々しいが、まぁ良い。預けておくとしよう」


 言って――――“獄炎”は時空の狭間に消える。


 後に残ったのは、燃え尽きた村と、嘲笑うように残った神殿。

 不死鳥となったかつての巨鳥。

 不死鳥の熱に焼かれて斃れた、魔物達の死体。


 自らの呼吸で密林の廃墟を取り巻く炎が消えてなおも、不死鳥は、そこから羽ばたこうとはしなかった。



*****


 かつてそこには、太陽の鳥を信奉する都市があった。

 既にその末裔までも滅びて、往時の姿を知る者は誰もいなくなった。

 残されたのは二度めにして確実な滅びを得て、“遺跡”となってしまった神殿。

 それと――――神話の続きを語るかのように、その沈黙の都市を見守り眠る、不死鳥。

 もう誰も帰ってくる事の無い、墓標。

 かつて巨鳥だった不死鳥は、老い衰えることなき身体で、今もその遺跡を守る。

 

 もう一つの太陽として、遺跡の最上部に眠り続けて。

 いずれ訪れる誰かの“力”となる日を悟り、鳥は待ち続ける。


 あの“獄炎”を断罪する、裁きの日を。





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