沈んだりんご
伊武大我
沈んだりんご
小学校の近くに「河童が住んでる底なし沼」があった。
もちろん、河童なんて住んでいない。
みんな肝試し感覚でその沼に行ってみていたが大抵
「沼の真ん中に白いのが浮かんでた!」
「なんか不自然な波が立ってた!」
とか変な噂だけ作りに帰ってきた。
誰も河童なんて見なかった。
底なし沼ってのも多分ウソだ。
底が無いなら水が溜まってるわけがない。
その日は「総合的な学習の時間」いわゆる「総合学習」があった。
時間割に「総合」って書いてるやつだ。
三年生の授業では地元のりんごについて調べていた。
どんな品種が栽培され、どういう歴史があるのか。班に分かれて調べていた。
その一環で今日は近くのりんご園に行って、農家から実際に話を聞くそうだ。
みんなカラフルな色の、裏にポケットが付いていて磁石で紙を留めるバインダーのような物を首から下げ、紅白帽を被り、校舎から出た。
前庭に班ごとに整列し、一班から先生の後ろを付いて出発した。
私は六班。最後尾の班だった。
最後尾の良いところは後ろを気にせず歩けるところだ。
だから私たちは途中で見つけたアケビを拾ったりして遊びながら歩いた。
一人、
二十分ほど歩いて目的のりんご園に着いた。
農家の人は帽子を被った、少し肌の黒いおじいさんだった。
毎年この時期に三年生にりんごを見せているらしい。
最初にりんごはいつ収穫して、いつが旬なのか。どうやって栽培しているか。なぜ下に銀色のシートを敷いているのか。なぜ袋を被せているりんごがあるのか。等をりんご園の中を歩きながら教えてくれた。
そして一通り回り終えると、一本のりんごの木の下にみんなをしゃがませて質問タイムが始まった。
それぞれの班ごとに普段りんごの事を調べていて気になった事を質問し始めた。
みんな自分の班の質問はもちろんだが、他の班でも気になった事があればしゃがんだ体勢のままメモを取っていた。
私は質問の内容よりも気になる子のスカートの方が気になっていた。見つめた瞬間、足が少し動いたのでドキッとした。
質問タイムが終わった後は収穫体験だ。
一人二個まで採っていい事になっていた。
私は農家のおじいさんから聞いた、色が良くて良い匂いがして重くて大きすぎず小さすぎないりんごを懸命に選んだ。
二十本ほどの木を探し歩き、そろそろ帰る時間だという頃にやっと最高の二つが決まった。
最後にみんなで並んで農家のおじいさんにお礼を述べた。
そしてまた班ごとに並び、先生の後ろを付いて学校へ帰った。
私は班員と採取したりんごの批評会をしながら歩いた。
やはり私のりんごが一番完璧に見えた。
班員からも高評価だった。
学校に戻った後は今日聞いた事を紙にまとめた。
後日発表するそうだ。私はスカートを気にしていて質問していない事がある事に気付いた。
幸い、他の班の友人が似た質問をしていたので適当に埋めた。
その後はいつも通りに授業を行い、給食を食べ、休み時間にドッジボールをし、放課後になった。
いつも一緒に帰る友人が居残りだというのでこの日は一人で帰る事にした。
私はランドセルを背負い、最高の二つを入れたビニール袋をしっかりと手に提げ、校舎を出た。
校庭では野球部が声を上げながら走っていた。
部活は四年生からなので三年生は全員帰宅部だった。
クラスメイトはまだ遊んでいるようであまり見かけなかった。
一人で家路を歩く私は例の「河童が住んでる底なし沼」に通りかかった。
いつも横を通るのであまり気にしていなかったがふと
「そういえばここって柵があるのにどうやって入るんだろう」
という疑問が湧いた。
幸い一人だし怒られる心配も笑われる心配も無い。
そう思って私は沼への入り口を探しだした。
しかし案外あっさりと見つかった。
別に隠してあるわけでも何でもなく、少し歩けば「キケン!ここであそぶな!」の看板と共にあった。
試しに入ってみるかと思い看板を無視して沼への道を進んだ。
沼にたどり着くと一応辺りを見渡してみた。
やはり風で小さい波が立っているだけで何にもなかった。
やっぱりなと思いつつ、特に理由もなくまたりんごを眺めたくなったのでビニール袋から一つ取り出した。
やはり素晴らしい。完璧だ。早く家に帰って、親に自慢してから食べよう。
そう思ってりんごをビニール袋に戻そうとしたが、よく手元を見ずに入れようとしたので中には入らずに落としてしまった。
落としたら完璧なりんごに傷が付く!
手を出した頃にはもう遅く、りんごは転がって沼へと落ちていった。
まだ何とか木の棒を使えば届きそうなところに全体がほとんど水に浸かりながら浮かんでいる。
私は手ごろな長さの枝を探した。
そして何とかりんごをこっちに寄せようと身を乗り出して頑張っていると、一瞬水かきの付いた手のような物が見えた気がした。
そのままりんごは水の中へと沈んでいき、浮かんでこなかった。
翌日、学校で友人に話した。思いっきり笑われた。
私は悔しくてわざわざ帰り道を遠回りして無人販売の100円のりんごを買って例の沼へと向かった。
昨日のりんごほどの完璧さではないが十分綺麗な色だった。
そしてりんごを沼へと落とすと、綺麗に水面に浮かんだ。
そのまましばらく水面のりんごを見つめていたが、水かきの付いた手は一向に現れず、りんごは飛んできたカラスに攫われていった。
沈んだりんご 伊武大我 @DAN-GO
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