やってみなはれ閻魔様2 (世直し編)
時織拓未
13. 再来
7年後の現世。猛と瑠衣は、別居結婚状態だった。
猛と瑠衣の愛が醒めたわけではない。2人は物理的に離れた場所で働いており、別居せざるを得なかったのだ。
猛はグローバル・ニュース社と言うアメリカの報道機関で、特派員として働いていた。ニューヨークを拠点に、全世界の報道現場を飛び回っている。
一方の瑠衣は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に所属する国連職員となり、現在は北アフリカのチュニジアの首都チュニスで暮らしている。
国連職員の採用条件の一つに、六つの国連公用語の中から二つを流暢に話せる事が挙げられる。国連公用語は、英語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語、アラビア語の6言語。
瑠衣は言語の面では恵まれており、スペイン語がネイティブと遜色ない。英語とスペイン語で採用試験に挑み、合格したのだった。
一方の猛だって、瑠衣と共に国連職員を目指したのだが、在学中に英語と中国語を必死に勉強するも途中で諦めた。加えて、国連職員に応募するには修士課程を修める必要がある。しかも、仮に国連職員に採用されても、瑠衣の後塵を拝するのは確実であった。
自分の資質が国連職員のキャリアに相応しくないならば寧ろ、瑠衣より先に社会に出て男を磨いていようと、グローバル・ニュース社に入社したのだ。
採用面接に当っては、心で対話する猛の特技が活きた。
記事は英語で書かねばならないが、在学中の語学勉強が役立ち、其の程度ならば全く問題無い。それよりも、世界中の行く先々で英語を話せない現地人と意思疎通できる猛の特技を重要な資質だと、編集部が判断したのだ。
広大な太平洋に隔てられた遠距離恋愛を始めた2人であったが、猛が24歳、瑠衣が25歳の時。猛が久しぶりに帰国し、東京都心の有名ホテルのラウンジでデートしていた時である。
夜景を見降ろす窓際のボックス席で肩を寄せ合い、カクテルグラスを交している時に、猛は瑠衣の耳元で
「君と離れ離れで暮らしているのは耐えられない。
せめて、君と
猛は瑠衣にプロポーズした。
プロポーズする遥か以前、閻魔大王と旱魃姫が地獄に戻ってから間も無く、2人は〟愛を深める儀式〝をする仲になった。大学卒業後も猛は頻繁に帰国して、瑠衣との”愛を深める儀式”の回数を重ねていた。
瑠衣の方にも、そろそろ・・・・・・と言う気持ちが有ったのは事実である。
結婚に憧れる乙女心に加え、姉さん女房気取りだった瑠衣の心の中に、猛を慕う気持ちが次第に大きくなっていた事実も見逃せない。
猛はニューヨークで働き始めて2年が過ぎ、瑠衣は修士課程の2年目だった。象牙の塔に籠った瑠衣に比べて、猛は此の2年で大きく成長した。社会経験を積んで立派な大人になった。未だ未だ下っ端とは言え、世界を見て回っているのだから、其れも当然である。
――瑠衣を口説き落すならば今しかない。不安定な学生の身分で、将来に対する漠然とした不安を胸に抱えている今が狙い目だ。
猛の打算は、的確な情勢分析の結果であった。現に結婚した今はまた、国連機関で働く瑠衣に頭の上がらない状況が戻りつつある。基本的に、猛は尻に敷かれるタイプなのだ。
チュニジアは、1956年、日本と同じ年に国際連合に加盟した国である。
アルジェリアとリビアに挟まれ、地中海に面した人口1000万人の小国である。国民の大半はアラブ人で、公用語もアラビア語。
アトラス山脈から地中海に掛けての肥沃な農地では、小麦、オリーブを始め、此の地ならではの野菜が栽培されている。農業と農産物の加工業が盛んで、欧州向けの輸出額がアフリカ諸国の中でも最大規模だ。経済的にヨーロッパとの
割と経済が発展しているからだろう。イスラム教の国だが、女性は外出時にヒジャブを被って顔を隠せと言う宗教的圧力の弱い、そう言う意味では、開明的な国であった。欧米諸国からの観光客が多い事も、理由の一つかもしれない。
チュニジアの首都チュニスは、古くはフェニキア人がカルタゴと言う港町を興し、三度に渡るローマとのポエニ戦争を繰り広げた古代史の舞台である。
故に、チュニスの街並みは何処か南欧風であり、薄茶色や白い土壁の低い建物が密集して建っている。
そんな高層マンションの一室に瑠衣は住んでいる。テラスからは青い地中海が望め、部屋に吹き込む乾いた海風が気持ち良い。
真冬とは言え暖かい、休日の昼前の時刻。
瑠衣は朝寝坊をしたベッドの中で背伸びをし、
(瑠衣! 来ちゃったよ~)
瑠衣は7年ぶりに耳にする(と言う表現は正しくないが)、旱魃姫の声が頭の中に響くのを感じた。
ガバリと薄い掛け布団を撥ね上げ、ベッドの上で背中を起こした。眼前のガラス窓の向こうには雲一つ無い青空が広がっている。
「もう7年も経ったんですねえ~」
瑠衣はシンミリと感慨に耽った。
一方の旱魃姫。地獄に戻ってから色々と有ったが、そんなに刻限が経ったと言う認識が無い。実際、あちらでは大した刻限は過ぎていない。
(瑠衣は何処にいるの? 前に来た時のアパートと随分様子が変ってしまっているけど・・・・・・)
瑠衣は7年間の出来事を頭の中で旱魃姫に説明した。
(そう。瑠衣と猛は結婚したのね。おめでとう。ところでね、瑠衣)
「何?」
(私と閻魔大王も結婚したのよ!)
「えっ!?」
(父上と母上に2人の結婚を認めて貰ったの)
「そ、其れは良かったね。
でも、そっちでは、あまり時間が経ってないんでしょ? 確か、そんな事を言っていたと思うけど・・・・・・」
(うん、そうなんだけどね)
今度は旱魃姫が、自分に起こった出来事を瑠衣に説明した。
「へぇ~。旱魃姫も大変だったんだねえ」
(だから、閻魔大王には話せないけれど、瑠衣が私に“愛を深める儀式”の続きを教えてくれたら、私も瑠衣に素女様から教わった房中術を教えて上げられるよ)
女性としては魅力的な交換条件の話である。結婚して一年以上が経ち、猛が瑠衣を訪れる回数が減ったと感じていた瑠衣なので、益々そう思うのだった。実際は、猛は中堅の取材記者に成長し、多忙を極めるようになっただけなのだが、別居結婚は妻を不安にさせる。
(それで、猛は何処? 一緒にベッドで寝ていないの?
閻魔大王は猛に憑依しているから、早く会いたいわ!)
「猛は此処に住んでいないの」
(何故?)
「職場が離れていて、仕方が無いのよ」
(瑠衣と猛は夫婦なのに?)
「ええ、残念ながら・・・・・・」
(詰んなくないの?)
「詰らないけど・・・・・・、仕事だから」
(フ~ン。じゃ、私だけ、其のニューヨークって言う町に飛んで行こうかしら)
幾ら旱魃姫の存信が強くても、幽体離脱の状態ではニューヨークまで行けない。彼女はニューヨークの場所を理解していなかった。
「ああ、でも、旱魃姫。来週には猛が来ますよ。クリスマス休暇で」
(そう。猛が来ないと、閻魔大王に私の房中術を披露できないからなあ・・・・・・。仕方無いか)
仕方無いと言いながら、いつまでも未練がましい旱魃姫であった。
気落ちする旱魃姫を慰める為、お抱えの運転手に車を運転させて、瑠衣はサハラ砂漠に
チュニスから車を2時間も飛ばせば、辺り一面に砂しか存在しないサハラ砂漠である。来る途中には赤茶けた岩ばかりの砂漠が広がっているが、此処は砂しかない正真正銘の砂漠であった。
イスラム教を慮ったと言うよりは、日差しと砂焼けで肌が荒れる事を気にして、瑠衣は真っ黒なアバヤを
運転手を車に残し、内陸を目指して、足の取られる砂の上をゆっくりと歩いた。
息を切らせて30分程も小高い砂丘を登り続けると、延々と続く砂丘の尾根に至る。背後を振り返り、砂丘の尾根から地中海を眺める。
砂漠の黄色、地中海の青緑色、空の淡青色。その3色だけが抽象画の様に広がっている。
「どう? 見事な景色でしょ!」
(うん。綺麗)
旱魃姫も言葉少なである。
瑠衣は両手を横に伸ばし、ウ~ンと声を上げる。砂の上で爪先立ちとなり、背中を伸ばして、車で移動中に固くなった身体を解した。
強い海風に旗めいたヒジャブが頭の後ろに飛ばされ、首に巻いたスカーフと変わり無い状態になる。海風が瑠衣の髪を掻き毟る。
「気持ち良い~!」
思わず声を上げた。
付近には誰も居ない。此処に居るのは瑠衣だけである。世界を独り占めした様な気になる。
「旱魃姫!」
(はい)
「解脱してみない? 此処なら大丈夫だと思うよ。いつも私の身体を通してばかりじゃ、詰らないでしょ!」
(良いのかな?)
「此処は砂漠だから。まさか地中海が干上がる事も無いでしょう。数分程度なら、問題無いんじゃないかな」
そう断言できる根拠なんぞ、瑠衣には無かったが、此処は世界最大の砂漠である。
旱魃姫も(それでは)と言って、モワリと瑠衣の背中から出て来た。
強風にも関らず、瑠衣の背後で漂い続ける白い煙が徐々に濃くなり、そして、身長190㎝程の旱魃姫の姿となった。
『わあ~。本当! 気持良い~』
旱魃姫も瑠衣と同じ様に両手を横に広げ、背伸びをした。瑠衣のアバヤはバタバタと激しく旗めいているが、旱魃姫の衣装は
『風の感触って、素敵ねえ。係昆山には風が吹かないから』
「憑依している時と感じ方が違うの? やっぱり」
『うん。やっぱり直に感じる方が新鮮って感じだね』
「そう、良かった」
瑠衣と旱魃姫は砂丘の上で顔を見合わせると、何だか知らないけれど、愉快な気分になった。だから、大声で笑い合った。地中海から吹き付ける強い風が、砂塵と共に、2人の笑い声を砂漠の奥深くへと運んで行った。
チュニスに遅れる事6時間の時差が有るニューヨーク。
旱魃姫が瑠衣に憑依したのと同じタイミングで、閻魔大王も猛に憑依して来た。ニューヨークでは午前5時過ぎの時刻であり、猛はベッドの中で鼾を掻いていた。
(猛! また来たぞ! うんっ? 寝ておるのか。詰らんのう。
だが、部屋の雰囲気が前回とは違うが、一体どうなっているんだ?)
起きる様子の無い猛を前に、ブツブツと独り言を呟いていた閻魔大王だが、幽体離脱して部屋の中を探索し始めた。
まず、猛の寝ている部屋。
病院ベッドの様に味気無く、鉄パイプの柵だけで作られたベッド。大の字で仰向けに寝ている身体の上には羽毛の掛け布団が斜めに被さっている。掛け布団の上には革ジャンパーとトレーナー、ジーンズを脱ぎ散らかしている。
他の家具と言えば、衣装箪笥。半開きの扉から覗くと、ハンガーに架けた衣装がギュウギュウに詰っている。引出し式の衣装箪笥の方は閉じていたが、きっと衣類をグチャグチャの状態で仕舞い込んでいるに違いない。
隣の部屋は書斎の様だ。カウチソファーと低いテーブル、大画面の液晶テレビ、パソコンの載った机と本棚が置かれていた。
テーブルの上には、テイクアウトの紙製食器とプラスチックのフォークとナイフ、潰れた缶ビールが二つ載っていた。机の上と本棚の本だけはキチンと整理整頓されている。
更に隣の部屋はキッチン。自炊可能なキッチンだが、自炊している形跡は無い。
食卓テーブルの上には中身の無い缶詰めの缶やテイクアウトの紙製食器が放置されている。床にはビールの空缶や飲み干したウィスキーボトル等が所狭しと並べられていた。部屋の隅にはゴミを詰めた袋が三つ転がっている。
反対側は水回り。白いバスタブに洗面台、洋式トイレ。寝室に戻る方向の隣には、収納スペースが有った。
10分程度も
一言で言えば、自堕落な生活を送っているようだった。まあ、個人の好き好きだから、改めて文句を言うつもりも無い。
閻魔大王としての最大の疑問は、
「何処に瑠衣は
と言う事だった。
ハーっと深く溜息を
強引に猛の身体を操って洗面台まで移動する。歩く間も、猛は目を閉じて眠ったままであり、夢遊病者の其れであった。
蛇口を捻り、水を出す。両手の掌を合わせて水を溜めると、顔を洗った。
「ウプっ。なっ!? 何?、何、何!」
知らぬ間に洗面台に立っている事に驚いた猛は、鏡の中の自分の顔を見詰めた。睡眠不足で疲れた顔が写っている。顎には無精髭が伸びている。
昨夜も書斎のパソコンで記事を書き、編集部にメールで送る頃には空が白み始めていた。今日は週末なので昼まで寝ていようと、無防備にベッドに転がり込んだつもりだった。
(猛よ。久しぶりだな)
「えっ!? 閻魔さん? あれっ、もう7年が経っちゃったの?」
(ウム。約束の7年後だ)
「そうか。もう7年の時間が経ったんだ・・・・・・」
(猛よ。瑠衣の姿が見えぬようだが、瑠衣のハートを射止めると言う汝の約束は果たされたのか?)
「あぁっ? 瑠衣? 約束通り、瑠衣とは結婚したよ」
(だが、瑠衣は
「チュニスだよ。チュニス」
(チュニス?)
「ああ、北アフリカのチュニスって言う町に住んでいるよ。
此処からだと、1万キロ前後かなあ。地球の4分の1くらい離れているよ」
(
「まぁ、ちょっと待ってよ。今、顔を洗うからさ。ところで一体、今、何時なんだい?」
洗面所から一旦出て、書斎に向かう。机の上から腕時計を取り上げる。
「何だ! 未だ6時じゃん。こんな早朝じゃ、開いている店も少ないなあ。参ったなあ」
そうぼやくと、髪の毛をボサボサと左手で毟り、右手で尻をボリボリと掻きながら、洗面所に戻る。
「顔を洗ったら、朝食を食べに外に出よう! コーヒーでも飲みながら、ゆっくり説明するよ。
俺、未だ数時間しか寝てないんだから」
疲労の残る自分の顔を鏡で確認しつつ、観念した表情で歯ブラシに煉り粉を付け始める猛であった。
週明け、グローバル・ニュース社に出社した猛は、クリスマス休暇前の残務整理に勤しんでいた。
記者達の机を集めて一つの島を形成している一画では、
御多聞に漏れず、猛も其の1人なのだが、「これから2週間の休暇を楽しむに当っては、新年も迎える事だし、少しは机の上を整理しておこう」と、日本人らしい心掛けを発揮していた。
そんな猛の机に、同僚記者のアーネスト・オブライエンが近付いて来た。
アイルランド系アメリカ人。青い瞳に、すっと伸びた鼻筋、唇は薄く、いつも不敵な笑みを浮かべている。黒い短髪に口髭・
「よう、猛! お前もクリスマス休暇か?」
「ああ、そうだよ」
「確か、奥さんが北アフリカに居るんだよな? お前も北アフリカに行くのか?」
「ああ、そのつもりだ。未だ新婚だからな」
「久しぶりの新婚生活を楽しんできてくれ」
「有り難う。ところで、アーネストは?」
「俺は東アフリカで新年を迎えようと考えている」
「東アフリカ?」
「ああ。今、東アフリカで不穏な動きが有るらしい。上手くすれば、特ダネを狙えるかもしれない。
お前の奥さん、UNHCRに勤めていたよな?」
「ああ、そうだよ」
「そうなったら、お前の奥さんも忙しくなるぞ。お前だって、カメラは持って行った方が良い。
現地で待機している俺には遅れるだろうが、本国でクリスマス休暇を過ごしている奴らに比べれば、早く現場に入れるからな」
「有り難う。だが、何も起きなければ、東アフリカなんて暇だろう? 娯楽なんて何も無いからな」
「そん時は向こうで女性を調達して、楽しく遣っているさ」
アーネストは自分のカメラを軽く叩くと「忘れんなよ」と言い、「じゃあな」と陽気な声を上げて立ち去って行った。
(
(さあ。でも、アフリカの殆どの国では政情が不安定だから。ああ見えて、記者としての嗅覚は鋭い奴なんだ)
(瑠衣は大丈夫なのか?)
(チュニジアは大丈夫。アラブの春だって最初に起こったけど、最初に政治が安定したからね。
国連難民高等弁務官事務所がチュニスに事務所を構えている理由だって、アフリカの中では比較的安全だからだ。完全にはテロの心配を払拭できないけれど、今やヨーロッパだって同じだから。
アフリカの混乱地域に乗り込み易いと言う交通の便との兼ね合いで、チュニスに事務所を構えているのさ)
(そうか。だが、事が起これば、混乱地域に乗り込むんだろう?)
(其れは仕方無い。そう言う仕事なんだから。でも、混乱の度真ん中に飛び込むわけじゃない。
それに、行く先々でPKOの軍隊に守られているからね。大丈夫だよ)
そんな遣り取りをした数日後。猛はニューヨークを飛び立ち、パリ経由でチュニスに入った。
チュニス国際空港の滑走路は短く、航続距離の長いニューヨーク発の大型航空機は直接乗り入れていない。一方で、小型の航空機ではあったが、旧宗主国のフランスとの直行便の数は多かった。
瑠衣がアメリカに来るのではなく、猛がチュニジアを訪問する理由は、世界中のニュースを追い求めて海外出張している猛のマイル数がふんだんに有ったからだ。
それに、寒さの厳しいニューヨークで休暇を過ごすよりも、避寒地としても有名なチュニスを観光する方が余程ロマンチックと言うものだ。
入国手続きを経てチュニス国際空港の搭乗者出口を抜けると、プラカードを胸に掲げた出迎えの人々の後ろの方で、大きく手を振って合図している瑠衣の姿を見付けた。
大きなリュックサックを背負い、此れまた大きな旅行用トランクを押しながら、ごった返す人々の群れを掻き分けて、
「やあ。元気だった?」
「うん。猛も、お疲れ様」
「ところで、旱魃姫は来ている? 俺の方には閻魔さんが来ているけど」
瑠衣は頷き、自分の頭を指差した。これで閻魔大王も一安心だろう。
他の国ならば、此処で抱擁した挙句にキスの一つでもする場面なのだが、開明的なチュニジアと
マンションに到着して二人切りになると、手荷物を放ったらかしにしたまま、猛と瑠衣は強く抱き合った。
そして、キスをする。最初は唇を合わせるだけの軽い、挨拶としてのキスだ。だが、何度もキスしている内、直ぐに濃厚なディープ・キスを交わし始める。
頭の片隅で、閻魔大王と旱魃姫が憑依している事を思い出すが、そんな事はお構い無しだ。久々に会ったのだし、もう猛も瑠衣も成熟した大人であった。
どちらからともなく、舌を伸ばし、相手の唇の隙間に差し入れる。歯を撫で、唇の裏を撫で、口をすぼめて強く吸う。
閻魔大王も旱魃姫もディープキスに驚いたらしく、猛と瑠衣の頭の中で「!!!」と絶句する雰囲気が広がった。
昼過ぎとしか言えない明るい時刻。だが、瑠衣の部屋は高層マンションの高層階。東向きバルコニーからは地中海の海原と青空しか見えない。2人の行状を観察する者は誰も居ない。
猛は瑠衣に接吻したまま、チュニスの気候には似合わない厚手ジャケットの袖から両腕を器用に抜き、足下に落とす。
瑠衣の着ていた白いシャドルを
頭に巻いた大きなスカーフ状のヒジャブは既に脱ぎ捨て、フロアに転がしている。猛は急いで自分の着ているシャツのボタンを外し、ズボンのベルトを緩める。
下着姿になった2人はベッドに転がり込み、互いに下着を脱がせ合う。
猛と瑠衣の頭の中で、先程よりも強く「!!!!!」と絶句する雰囲気が広がった。
だが、此の状態までならば、閻魔大王も旱魃姫も映画で見た光景だ。それでも、パソコン画面で観るのと憑依した肉体を通じた五感を全て感じるのとでは、雲泥の差が有る。
臨場感に驚愕した事に加えて、いきなり“愛を深める儀式”が始まった事に戸惑ったのだ。質問を差し挟んで、猛と瑠衣の営みを邪魔する余裕など、2人には全く無かった。
だから、激情に駆られた猛と瑠衣は、其の先へと進む。
既に猛の股間には大きな松茸が生えている。
現世に前回来た時に覗いたスーパーの陳列棚に並んだ松茸と比べると、もう一回り大きい。仮に松茸であるならば、店頭価格は3万円を超え、5万円程度はするかもしれない。
股間の変化に驚き、閻魔大王は、そんな事を考えていた。猛の頭には松茸のイメージ映像が浮かんだだけである。
猛の右手の中指が瑠衣の
更に進むと、濡れた割れ目に中指の第一小節の腹を優しく当てる。割れ目の周辺部分を丁寧になぞると、微かに粘りの有る粘液の分泌量が増した。
一方の旱魃姫であるが、素女から教わった房中術は
「此のツボから此のツボに指を這わすの。良い?
順番は、此処、此処、此処、此処よ。此の順番を間違えると、殿方が快感の絶頂を迎えないからね。
あと、指を這わす際の強弱も覚えておいて!
まるで波を打つ様に。荒波の後で
と言う風な指南を、腕が何本も有る素女から受けて来た。
何本もの腕を持つ素女の特訓は、2本の腕しかない旱魃姫にとって、非常に骨の折れる事ではあった。
特訓は厳しかったが、肝腎の本番は遣っていない。女性同士なので当然である。
実技付きの耳学問として素女からレクチャーを受けているので、
全てが初体験の閻魔大王に比べれば、旱魃姫には心の準備が出来たはずなのだが、其れは無理と言うものであった。
だから、猛の松茸が入って来た時。そして、出たり入ったりしている最中。
旱魃姫がイメージした映像は、オリーブオイルと酢を注いだ細長い革袋に太いズッキーニを挿入し、ズッキーニの酢漬けを作るイスラム夫人の仕込み作業だった。
革袋の口が小さくて、中々ズッキーニが入らない。力を込めてズッキーニを押し込んでは、革袋の口紐を緩める作業を繰り返す。完全に革袋に入ってからも、オリーブオイルと酢をズッキーニの表面に浸み込ませる必要があり、革袋の中でズッキーニを揉む作業は延々と続いた。
そして、瑠衣の艶かしい呻き声と共に、ズッキーニの先端から何やら迸(ほとばし)った。
強く揉み過ぎて先端が裂け、ズッキーニの芯に並んだ種子が一列になって外に飛び出て来たかのようだった。革袋先端の裏地に小さな奔流がぶつかる勢いを、瑠衣の身体を通じて旱魃姫は感じた。
猛と瑠衣の身体は弛緩し、ベッドの上でグッタリする。
閻魔大王と旱魃姫も、精根尽き果てたと言う点では同じであった。
其の夜の食事時。外出せずに自宅で
だが、いざ食べようと猛と瑠衣がテーブルを囲むと、幽体離脱した閻魔大王と旱魃姫が2人を質問攻めにした。勿論、“愛を深める儀式”に関する質問である。
結局、其の日、猛と瑠衣は、ゆっくりと部屋で寛ぐ事が出来なかった。
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