ループループ
鶴丸
八水村
午前5時半。予定に通り目を覚ました葉介は、晩のうちに準備しておいたリュックの中身を確認すらせずにすぐに出発することにした。
新原葉介は2年前、熱心に勉強に励み周りに無理だと言われ続けた志望大学の合格を決めたものの、入学早々、思い描いていた華やかな大学生活と孤独極まりない現実との差に辟易し、大学2年生となったこの年の6月早々に遂に大学へ行かなくなった。
しかし、休んでいる間に何かをしているわけでもなく、入学前特別に安く売り出していたこの古いアパートの一室に籠り、ただぼんやりと時間を過ごしていた。
そんな日が続いた今日、葉介にとっては都合が良いことに大学は夏季休暇に入り、大学へ行かない至極まっとうな理由ができた。
無気力に過ごしていた葉介もいざ長期休暇がきてしまうと、普段とは裏腹に何かしなければ、という焦燥感に駆られ、ついにこの日、一人旅へ出ることにした。
外は薄らと明るく、しつこいくらいに夏独特の匂いのする7月下旬、鳴り響き始めたセミの鳴き声に誘われるように外へ出て市街地とは逆の方向へ歩き出した。
元々、都市部とは言い難い土地にある大学だったことと、平日の早朝という条件もあり、人通りは少なく歩くには最適だった。
目的があるわけではなかったが、丸々1日を使って歩けるだけ歩いて普段の居住区域から離れようとは決めていたのですぐに国道をはずれ、行ったことのない道を歩いた。
ーーーーーー
歩き始めて2時間も経つと、普段運動をしていない自分が1日歩き続けることが無理だと気付いた。
日もすっかり昇り、夏の暑さも本領発揮し始めていたので持ってきていた飲み物をすぐに空にしてしまっていた。
休憩をとってはいたが、出発してから殆どずっと歩き続けていたので既に足には疲労がたまってきているのを感じた。
すでに周りにはコンビニやスーパーなど見慣れた景色のものはなく、ただ延々と続く真っ直ぐな登り坂が見えるだけとなっていた。
座っていたバス停のベンチから重い腰をあげ、この先に宿泊のできる施設があれば今日はそこで休もうと決め、再び歩き始めた。
ーーーーーー
夕方日が落ちる頃になると日中の暑さが落ち着き、額に輝いていた水滴も幾分かしたたるスピードが落ちてきているのを感じた。
午前中に取った休憩からは速度は落ちたものの、宿泊施設を探して休むことなく歩き続けてきた為、一度立ち止まるともう立てそうになかった。
どこか立ち寄れる所さえあればこの時間なら灯りがつき始めるだろうと思っていたが、辺りにそのような場所もなく、ただ歩き続けるしかないという現実に少なからず絶望感を感じ始めた。
元々調べずに出発したとは言え、どこか泊まれる所くらいはあるだろうという甘い考えを持っていた自分を呪い、 今日は寝られそうな公園か何かがあればそこで過ごそうと考えながら足を進めていると、数百m先の坂道の途中に何か建物らしき影が道の脇にあることに気付いた。
とても買い物をしたり宿泊客をもてなしたりするような場所には見えなかったが、この近辺の住人がいるのであれば道の案内くらいはしてもらえるだろうと思い、建物へ向けて歩いた。
建物へ近づくと古い木造の建築物で、看板もなにもなかったが田舎などにある野菜や果物の販売スペースのようなものがあることに気付いた。
葉介も都市部とは言い難い所の出身で、実際に似たような建物を小さいころから何度か目にしたことはあった。
周りに家屋などもない上、この時間帯に商品も陳列されているはずもなかったので実際に使われているかどうか怪しかったが、とにかく人の痕跡を探すしかなかったため、中を見ることにした。
中へ入ると、この建物が建築されたであろう年数から考えると中は荒れている様子でもなく綺麗で、何かを並べていたであろう棚の中には埃などあまりたまっておらず、棚の傍にある2人掛けくらいのプラスティックのベンチにも経年相応の傷と汚れがある程度だった。
昼くらいまでにここへ立ち寄れていたなら客はいなくとも管理をしている人には出会えたかもしれないと思うと葉介は肩を落とさずにはいられなかったが、同時に一日だけ睡眠を取るには問題がないほどには綺麗で、毎日人がくるのかはわからなかったが明日の早朝に出発すれば誰かと出くわすことなく夜を明かせるのではないかという考えが浮かんだ。
そもそもこの手の建物には扉がついておらず、何か販売しているとしても盗まれて困るようなものは残していないはずなので、1日寝たくらいで問題になったりしないだろうと葉介は考えた。
1日歩き続けていた葉介には夜通し見知らぬ道を歩く元気もなく、すぐにその考えに身を委ねることを決め、リュックを床に置き、ベンチに座り込んだ。
ループループ 鶴丸 @tsurumaru619
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