紅茶

はかせ

第1話「ひとくち」

 おにいちゃんが昨日飲んでいた紅茶がつくえの上にさびしそうに残っている。おにいちゃんがたてる「ごくり」という喉の音は、わたしの脳みそから一生消えないと思う。


「芽衣とこうして一緒にいる時がおにいちゃんは一番しあわせだよ」

 昨日おにいちゃんは笑顔でわたしの顔を見ながらそう言った。

 おにいちゃんのくしゃくしゃの笑顔。くしゃくしゃの黒い髪。

 おにいちゃんはいつも紅茶に砂糖をたくさん入れていた。

 くしゃくしゃの砂糖。くしゃくしゃの紅茶。


 今ここにいるのは、わたしと紅茶のカップだけ。そっと、つくえの上のカップを覗きこんでみたら、小さなほこりが浮かんでいた。

 おにいちゃんがいなくなったあとに浮かんだほこり。だから、もしかしたらこのほこりは、おにいちゃんの生まれ変わりかもしれない。そう思うとわたしは、そのつめたくなった紅茶に口をつけずにはいられなかった。


 ――ごくり。

 おにいちゃんがいつもしていたように、わたしは音をたてて紅茶を飲む。つめたくって、すごくあまい。おにいちゃんが好きだった味。

 でも、ほこりが喉を伝うのは全然わからない。

 ちいさい存在の、ほこり。

 おにいちゃんはほこりには生まれ変わらないな、なんて思っていたら、家のチャイムが鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る