Retrospect 12

= retrospect 12 =


命を授かったことを真鍋はとても喜んでくれた。

私ももちろん嬉しかったけれど、どうしても最初の時のことを思い出してしまう。

無くしてしまった命を想ったし、新しい命をちゃんと守ることができるのか、という不安に襲われた。

SHINの命を繋ぎたいと強く願った時のことも、鮮明に思い出してしまう。

それはまた新しい罪悪感になる。


入籍をした頃から、少しずつ収入に繋がる需要も動きだしていた。

私も精力的に動いていた。東京方面に一人で車を走らせることもしばしばだったし、1日に何件もの取引先を廻った。被災地以外での仕事も平行して進めていた。

でも妊娠がわかってから、仕事はすべてストップした。怖かった。

真鍋はそれを許してくれたけれど、やはり一人では無理だということで取引のあった会社に、取引先を持って就職することになった。

私は仕事はしていなかったけれど、避難所廻りは続けているし、ぽつぽつとできた仮設住宅の一人暮らしの高齢者の方々と、お話をするボランティアもしている。

それらがない時は部屋に籠もっていた。

なるべく動かなかった。


仕事を辞めてわかったことは、これまで私の記憶に蓋をしてくれていたのが、間違いなく仕事だったということ。

何もない時間ができてしまうと思い出す。

大阪での楽しかった日々はもちろん、

SHINとの時間、彼の笑顔、ピアノの音、

大好きなリリックテノール、ハーフムーン。

お見舞いに行った時の様子、丁寧なkiss、唇に触れる指の感触、最後の笑顔。

月光に見守られて奏でた(Canon )、初めてのkiss。

お腹の中に命があることで、流産の頃に纏わる記憶も鮮明に。

最初のアフガニスタンへの出発。

その前の葛藤。想い。

二人で大切に過ごした時間。

流産したときのショック。

それをSHINに告げた時の彼の反応。

私が入院中に毎晩来てくれたゴリ、ゴリに来院を譲ったカバ。二人はどうしているんだろう。

私の結婚や妊娠を知ったら、なんて言ってくれるんだろう。おめでとうって笑ってくれるのかな?

私の今の心理状態をカバはなんて言うだろう。

ねえカバ、誰にも相談できないよ。こんな最低な私。

真鍋に愛されながらSHINのことを想っていた私は、この子がもしかしたらSHINの生まれ変わりであることを、心のどこかで願ってるんだよ。

最低でしょ?


本当に恐ろしいほどに、私は真鍋に対してひどいことを繰り返している。

彼に愛される資格はない。

わかっているのにどうすることもできず、罪悪感だけが蓄積されていく。

反面、蓄積された罪悪感は表面を繕うような優しさになり、一見穏やかな日々が流れるように見えてしまう。

結婚してもずっと「真鍋さん」と呼んでいたのを、身籠ってから「透さん」と呼ぶようになったのは、せめて罪悪感の裏返しではないと信じたい。


そして、私が犯した最も大きくて、後に自分自身を貪っていく上に、決して誰にも言えない、言ってはいけない罪は私の出産と同時に。


妊娠がわかって、誰かから子供の名前辞典を借りて読んでいた真鍋だったが、何冊も読んでわからなくなったようだった。

『ねえ、男の子ができたら僕がつけるから、女の子だったら君がつけてよ。』

本を閉じながらそう言った彼の言葉に、またドキッとする。

<雛>、その名前しか思いつかない。

考えられない。

私は微笑んでごまかした。

男の子ならSHINの生まれ変わり、

女の子なら<雛>。

そんな想像をしてしまった自分が怖い。

大きくなったお腹に向かって、話しかけてくれている真鍋の様子が辛い。苦しい。

それは普通、一番幸せな時間かもしれないのに。

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