Retrospect 11

= retrospect 11 =


翌日、朝から行った避難所には、私が被害にあった商店街の人たちがいらっしゃった。

皆さん、無事だったんだ。よかった。

バケツの水を貸してくれたクリーニング屋さんの奥さんが、私の姿を見て飛んできてくれた。

『よかった』

と涙ぐんでくださってる。

『真鍋くんの背中にいる時は、真っ青でもうダメかと思ったよ。頭から胸くらいまで右側が真っ赤だったし。よかったねぇ、真鍋くん来てくれて。アーケード壊れそうだからだめだって言われたのに、飛び込んで行ったからねえ、真鍋くん。あの日、バケツ取りに来てくれてよかったよぉ。ヘルメット被ってたから、あのビルにいることわかったし。』

奥さんはそう言いながら、少し毛が伸びてきている私の頭をそっと触った。

そうだったんだ。

私が助かったのは、真鍋さんと、あの窓とあの木のおかげなんだ。

『もう大丈夫?』

お礼を言って頷いた。

奥さんはそのまま側頭部の傷をよけて、頭を撫でてくれる。カバを思い出す。

『ほんとによかった。命がけで助けてもらった命。大事にしなきゃねぇ。幸せになってねぇ。』

奥さんの声がカバの声に聞こえたのは、私の自分勝手な思い込みなんだろう。

幸せになるってどういうことなんだろう。

私は幸せだった。

あの愛しい日々に戻ることはできない。

SHINとじゃなきゃ。

そうでない形もあるんだろうか。それはどんな形なんだろう。

SHIN以外の人とでも、真鍋さんとでも築ける幸せの形って。


式はあげなかった。

籍だけを入れて私は真鍋姓になった。それは私の両親も彼の両親も承知してくれた。

この町に二人で残ったときのまま、彼の部屋で同じように生活を続けた。私が借りていた四畳半の部屋を寝室に変えただけで。

SHINを忘れることはできない。

でも真鍋のことも愛すればいいんだ。

新しい幸せの形を探せばいいんだ。

そう思っていた。

そう言い聞かせていた。

彼は言ってくれた

『無理に忘れなくていい』って。

『同士としての結婚』って。


最初に真鍋に愛された日、初めてピアスを外した。SHINに開けてもらって、つけてもらったあの最初の記念日の日から、消毒以外で外したことはなかった。着けずに眠ったこともなかった。

SHINと違うキス、SHINと違う愛撫、SHINと違う声。

『愛してる』

囁かれた声が、自分に向けられたものだとわかるのに2秒かかった。

ピアスを外した耳へのキスだけは拒否した。

そして私は気づいてしまう。

ピアスを外したのに、声も違うのに、すべて違うのに、これだけ時間が経っているのに、SHINを鮮明に思い出せることに。


入籍後も愛し合う夜にだけ外される小さなピアスのことを、真鍋はどう思っていたんだろう?

私がその時にピアスを外す理由は、彼に申し訳ないという思いではなかった。

SHINに申し訳ないと思っていたと思う。

そう思いながら真鍋に抱かれた。

そしてSHINを思い出した。

そして自己嫌悪に陥いる。

真鍋に心の中で謝っている。そんなrepeat。

私は最低だ。女としても人間としても。

わかってはいてもどうしようもなかった。

彼は気づいていたのだろうか。

そんな私の心に。

『無理に忘れなくてもいい。』

あの日、屋上でそう言ってしまった言葉を、真鍋はいつ頃から後悔していたんだろう。

あの時、彼はそんなことは耐えられることだと思ったのだろうか。

もしかしたら忘れさせると思っていたかもしれない。

あるいは時が経てば私が忘れると。

何かが変われば、私が過去の思い出としてアルバムに挟み込んでしまうと。

例えば私が母親になればとか。


籍を入れて3か月後に、私は新しい命を授かっていることに気づく。

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