Retrospect 10
= retrospect 10 =
右足のギブスが外れてから、私は仕事で付き合いがあった行政の方々に手伝ってもらって、とにかく避難所を廻った。
何が必要なのか、どうしてほしいのか、話を聞くことから始めないと。
私はラッキーなポジションにいる。
各避難所で聞いた意見を要約して、お兄ちゃんに送った。そしてその要望は、お父様の跡を継いで参議院議員になっているお義姉さんに。
彼女はできる限り協力をしてくれたし、彼女のお父様も協力的だった。
私がやるべきことは、偏りがでないようにできる限り多くの避難所を廻ること。そして人々の意見や要望を正確に聞き出し、それをわかりやすく伝えること。
収入を得ることができる仕事ではない。収入に繋がる仕事は肩のギブスが取れてからだ。
真鍋さんも今はボランティアのように動いている。時は来る。それは今ではない。
今は目の前のできることをひたすらに。
肩のギブスが取れた頃、真鍋さんにプロポーズをされた。いきなりだった。付き合ってもいないのに。
『君のことはよく知ってる。誰かを待ってることもね。その人は本当に迎えに来るの?待たせすぎだ。』
何も知らないのに、SHINのことを悪く言わないで。
・・迎えには来れないよ、現世ではきっと。
この間、来てくれたけど。
ただ、少し疲れたかもしれない。
どんな時も、こんな時も一人で頑張って立ってるのは少し疲れたよ。
私を支えてくれてたあなたの記憶の分身たちまでいなくなって、ほんとに一人ぽっちで立ってるの、ちょっと疲れたよ。
でも、今だってSHINのことを想う。
決して忘れることなんてできない。
そんな状態で他の人と付き合うことなんてできない。
真鍋さんの気持ちがわかった今、ここに住むこともできない。
『無理に忘れなくていいよ。同士として結婚しよう。』
同士として?
私の体内に流れる真鍋さんの血を思う。
大阪にいる頃から、会社でも仕事でもいつも助けてもらってた。
仙台に来てからも。そして今回も。
私のために血を流してくれた二人目の人だ。
ずっと車椅子を押してくれていた。
動けない私のために食事を作って、ベッドを作って、肩を貸し続けてくれた。この人となら同士という名のパートナーになれるかもしれない。
でもSHINを忘れることはできない。
SHINを待ち続けてきた自分自身を忘れることもできない。
ゴリ、カバ、どうしたらいい?
SHIN、どうしたらいい?
また一人になるの辛い。
どうして台湾に来てくれなかったの?
どうしてあと7日早く来てくれなかったの?
二人でアフリカで暮らしたかったよ。
モンゴルのゲルでも良かった。地平線に沈む太陽を見ながら、寄り添うだけで良かった。
『同士としての結婚』
そんな言葉に揺れる自分が嫌い。
ただ黙って首を振った。
食事を済ませて片付けをしている間、真鍋さんは何も言わなかった。私も何も言わなかった。
でも、この部屋を出る準備をすることを考えている。
もうそろそろ、不動産屋さんも落ち着いてきているだろう。仮設住宅も建ちはじめているから。
そんなことを考えていた。
少しの淋しさは否めない。
片付けを終えてから、一人で屋上に来た。
見下ろす景色はあちこちがまだ暗い。
昨年、ここで会社のメンバーも一緒にお月見をしたことを思い出す。
街の灯りはあの日とまったく違う。
また戻るんだろうか。戻せるんだろうか。
手摺にもたれて、立ち上がろうとし始めたばかりの灯りたちを見つめていた。
雲に覆われた空に月は見えない。
明日、雨にならなければいいけど。
その時、背中から誰かにそっと抱きしめられた。
その腕から緊張が伝わる。
SHINじゃないことはわかっている。
でも涙が溢れてくる。
あったかいよ。
背中があったかいよ。
あなたじゃないのに。わかっているのに。
背中からあったかいよ。
ごめんなさい。
『そのままでいい。同士として、結婚しよう。』
真鍋さんは、そう言って腕に少し力を込めた。
背中から伝わってくる感覚は違うけれど似ている。
月が出ていなくてよかったと思ってしまった自分が嫌い。
ごめんなさい。
仙台に来て初めて泣いた。
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