Retrospect 8
= retrospect 8 =
ざわざわという木と風の音で気がつく。
何があったんだろう。肩が痛い。足も多分痛い。頭も痛い気がする。そして動けない。何かが私の上に乗っていることはわかる。
頭の前にあるデスクの上に、キャビネットが斜めに倒れているみたい。デスクがあってくれたおかげで、キャビネットの下敷きにはならなかったみたいだけど、何かが下半身に乗っているのは間違いない。
足が動かない。左手の上にも何かがあるから動かせない。右肩は痛い。
顔のすぐ横にある右手を見た。
薬指のSHINの指輪がない。ちょっと大きくなっていたけど、左手に移したりしてたからそのままにしていた。どこにいったんだろう。
目だけで探す。あった。頭のすぐそこ。赤い中でキラッてした。
赤い?血?私の血?私から流れている血の中にあるの?右手を伸ばして取ろうとしたけど動かせない。
赤い血の中にある小さなダイヤを見つめていたら、体中の痛みがわからなくなってきた。
ああそうか・・③だったんだね。
迎えに来てくれないんじゃなくて、迎えにこれなくなってたんだ。
・・今来てくれたんだ。近くにいるんだね。
遅いよ。もっと早く来てほしかったよ。
でもいい。来てくれたならそれで。ありがとう。
もうちょっと、待つことにも疲れていたんだ。
あなたは何歳の時に逝ったの?最後の無言電話のあと次の6月11日までの間かな。じゃあ今の私より年上だね。
そっちに行ったら私いくつになるんだろう?何歳の私でいれるんだろう。ちゃんとあなたより5歳年下の私になれるよね?
痛みをまったく感じなくなってきた。
少しぼーっとしているけれど大丈夫。痛くないし辛くない。
あの指輪だけ取りたいけど。手が動かないからしかたないね。SHIN、早く来て。
木の枝が鳴っている。歌っている。
子守唄みたいに聴こえる。優しい。ちゃんと優しい。
誰かに呼ばれたみたいで、また正気に戻ってしまう。
声が聞こえる。私の名前を呼んでいる。
『大下さん!大下朋さん!いるでしょ!返事して!3階かな。』
真鍋さん?危ないよ。ここ危ないし、もういいし。彼が迎えにきてくれるから。危ないから。逃げてね。
返事をしなかった。もういいんだ。
あとよろしくね。引継ぎできてないけど、ここの企画案PCの中にあるから。10本ほど考えてあるから。あとよろしくね。
そう思いながら目を閉じた。
近くにSHINを感じる。早く来て。
また誰か来ちゃった。なんか話し声してるね。
社長?大きい声だ。ヘルメット見つけたみたい。
『朋!朋!大下 朋!』
「・・・はい・・・」
私、バカだ。条件反射。返事してしまった。
『声しました!!今!奥です!』
真鍋さんの声、いいよ、来なくて。危ないから。
真鍋さんはキャビネットが倒れていることに気づいてしまった。ガタガタいってる。
『社長!ここです。ここにいます!』
SHIN、早く来て。
その時、もう一人の私が。何十年ぶり?
彼女は中学の制服を着ている。
中学の時の私?胸に生花のコサージュ、卒業式?
・・・そうだ。あのとき誓った。生き抜くんだと。とにかく、何があっても生きるんだと。
最後に教室で。みんなで。
SHINごめんね。せっかく迎えに来てくれたのに。私、生きなきゃ。生きてるから、生きようとしなきゃ。彼女のおかげで思い出したよ。
1995年1月17日。あの日、あの地にもいた私だから、生きなきゃいけない。
あなたのところに行きたいけど、私、生きなきゃ。
思い出したよ。生きていること。
ただそれだけが私の揺るぎないRaison d'etre.
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