Second memory 57
= second memory 57 =
電車の中ではぼうっとしていた。気持ちのいい状態ではない。何をどうすればいいのかわからない。
喫茶店を出る時にお姉さんに握りしめられた左手が変な感じがしている。
右手の薬指にあるSHIN の指輪を左手の薬指にかえた。やっとちょっと左手の感覚が落ち着いてくる。
お姉さんの必死の思いを冷静に受け止めることができてきた。でもどうすればいいのかはわからない。SHINに相談したい。
家に帰ってすぐにPCを開ける。
SHINからメールが届いていた。
全部を読む前に涙で文字が見えなくなった。
『cherry、なかなか連絡できなくてごめんね。今、ウランバートルを出て、草原の方に来ています。しばらくゲルで生活することになりそう。僕達が一緒に過ごしていた子供たちの中に、迷子がいたんだ。遊牧民のその子の家族と合流できそうだから、彼を送りとどけてくるね。ちょっとメールは繋がりにくくなるけど、元気だから心配しないで!草原の空は高くて広いよ!cherryにも見せたい。』
泣きながら読んだ。
真っ青な広い広い空の写真が添付してあった。
どうして?
(仕方ないよね、家族の元に連れていってあげるべきだよね)
1ヶ月って言った。
(優しいSHINに知らん顔はできないよね)
私は?また連絡とれなくなるの?
(命の危険があったアフガンとは違うから、心配いらないよね)
私はどうすればいいの?
私の相談にはのってくれないの?
私を助けに来てはくれないの?
私も潰れそうなんだけど。
1ヶ月の約束は?
おかしくなりそうだ。またお腹が痛い。強くならなきゃ。もっともっと。
SHIN の指輪をつけた左手でずっとピアスを触っていたようだ。強く握りすぎたのかもしれない。左手の親指と人差し指の先に少し血がついている。
翌日、私より先に真鍋さんが佐々田部長に呼ばれた。昨日の状況を客観的に説明してくれたらしい。
『朋、君のエラーはなんだと思う。』
会議室のドアを閉めるなり部長が言った。
「ルールを守らなかったことです。」
それがきっと一番大きい。
『うん。あのルールはなぜあると思う。』
「今回のような聞き間違いを避けるためです。」
私の答えに部長は少し考えて言った。
『聞き間違いなのか?』
違う。でも。
「はい」と答えた。
『かばったところでどうにもならない。営業部長もバカではない。あいつが一番まずいことは、自分のミスを君に被せようとしたことだ。その考え方は人間として最低だろ?』
部長、頷けません。お姉さんの婚約者なんです。守ろうとしてるんです。あの細い体で。お腹に赤ちゃんがいるのに。
『依頼書があるのは、人が信じられないからだ。残念ながらいい人間ばかりが集まっているわけじゃない。君の弱点は人を信じすぎるところだ。性善説は捨てなさい。状況は真鍋にも聞いている。今回のことで会社に損害を与えた。クライアントの信頼を損ねたんだ。提出が間に合っていたら、あいつは不味い立場になってもクライアントの信頼は失っていなかった。今回、あいつはその場合より、もっと不味いことになるだろう。あさはかだ。ただ君も社のルールを守らなかった。君が依頼書のない仕事を受けなければ、今回のことは避けれたかもしれない。わかるね?』
頷いた。
『あいつの出した依頼書は嘘だ。だけど言葉だけのやり取りより力はある。君は自分の首も絞めたことになるんだよ。』
「申し訳ありませんでした。」
部長はフーっとひとつ息をついた。
『行きなさい。』
もう一度、部長に深く頭を下げて謝って会議室を出た。
お姉さんと目があった。
胸と、SHINの指輪をはずした左手が痛い。
青空の下にいるSHINには、この痛みは伝わらない。
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