Second memory 32

= second memory 32 =


お兄ちゃんは缶ビールを飲んでから、やっと口を開いた。

『大学の同級生。ラグビー部のマネージャーやった娘。』

「ずっと続いてたんだ。」

『いや、一回別れた。彼女の未来は決まってたし、そこには婿養子をとることも含まれてたからな。レール敷かれてるのって、若い時には無理やったから。』

お兄ちゃんはずっと先生になって、ラグビー部の顧問になることが夢だったよね。

「先生になれなかったの?彼女といたら。」

『うん。そう言われたから別れた。』

でも別れた後に気づいたんだ。それでもいいと思ったんだ。

『あいつは、政治家になることが決まってるんや。親が政治家やから跡を継ぐことになる。それが最初から決まってた。大学の時から。』

レールが敷かれている未来。

『付き合い始めたときに、彼女がそのレールを降りる気になったこともあったけどな。でも結局無理やった。』

それで別れたんだ。それでお兄ちゃんは先生になったんだ。

「再会したんだ。いつ?」

『2年位前』

お兄ちゃんはそう言うと多分、私に持ってきたはずの缶ビールを開けて飲んだ。

『いろいろ話して、やっぱりこいつしかおらんなと思ったんや。状況も条件もなんも変わってへんかったけどな。あいつもいろいろ考えてくれて、ええ道を探そうと思ってたけど、やっぱり最終的に俺が婿養子に入るしかないみたいや。』

お兄ちゃんは私を見ない。

「先生は続けるの?」

『当面はな。でも、彼女が立つ時は続けられへんことになるやろな。』

お兄ちゃんはちょっと残念そうに言った。

「それでいいんだ。」

『いろいろ考えた。別れてみてやっぱりあいつが大事やったから。いろいろ並べてみて一番にきたのはあいつやったから。あいつと一緒にいたかったしな。俺が支えることで、あいつが幸せになれるんやったら、それでもしゃあないなって。あいつが一番やから。何よりもな。まあすぐって言うわけでもないから。』

お兄ちゃんは、そう言うと2本目の缶ビールを飲み干した。

お兄ちゃんの彼女がなんとなく羨ましくなった。お兄ちゃんにSHINのことが話せなくなった。

大切にしてもらってるよ、私も。


結局、お兄ちゃんはそのあとお父さんとは話せなかった。日曜日の早朝からお父さんが出掛けてしまったから。お母さんは

『ここからだから。頑張ってみなさい。』

と言った。お母さんはいいのかな、お兄ちゃんが大下でなくなること。私がお嫁に行ったら、大下の名前を継ぐ人がいなくなるけど。お母さんはSHINのことをどう思うだろ。お父さんは。

今回、お母さんにSHINのことを少し話そうと思ってたけど出来なかった。これ以上お母さんに荷物を持たせるのは、可哀想な気がした。お母さんに対して、こんな感覚を持つのは初めてだ。私は一人でちゃんと頑張ってることが、今は大切な気がする。あっちでもこっちでも。


お兄ちゃんと一緒に家を出た。車で駅まで送ってもらう。車の中でお兄ちゃんが

『おまえのこともまた聞かせてくれよ。ずっと続いてるんやろ?相手、何歳やねん。』

と聞いてきた。

「26。お兄ちゃんよりひとつ下。」

『仕事、何してるねん?』

ちょっと迷ったけど

「カメラマン。」

とだけ答えた。お兄ちゃんはもっと何か聞きたそうだったけど駅に着いた。また今度、ゆっくりね。

その日の夜は、くまのSHINを抱きしめて眠った。でも、くまのSHINは抱きしめてはくれない。

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