First memory 33

= memory 33 =


5月なのに、ちょっと寒い。

灯りはいっぱいついてるのに、人通りは思ったより少ない。

こんな時間にこの街を歩くのは初めて。

スーツ姿のグループの人たちとすれ違う。

かなり酔っぱらってる人に

『おねえちゃん、ひとり~?』

と声をかけられて、ちょっと怖くなる。

(ひとりだよ、悪いか?)

心の中で言った。

走りたいけど、実は靴擦れをしている。

新しい靴の宿命。初ピンヒールの宿命。

トポトポと歩いた。


ちょっと涙でてくる。

壮行会はすごく楽しかったから。

あの大合唱に感動したから。

音楽って、同じベクトルの夢を持った人たちが集って、醸し出す空気の素晴らしさを知ってしまったから。

私もあの場にいたけど、あそこは私の場所じゃない。

あそこは彩さんの場所。

旅立つ彩さんの戻る場所。

6か月後、彩さんが戻ってきたら、私は去らなければいけない最高に素敵な場所。


大好きなwonderlandは、私の場所じゃないんだって気づいてしまった。

半年後、私はどこに戻るんだろう?

そもそも戻る場所なんて、私にあるのかな?


コミュニケーションをとるのが苦手だって、背中向けてきたのは自分だ。

広すぎる心のパーソナルスペースを頑なに守ってきた。

でも仲間を作りたいなら、心を開くのはまず自分からだろ?

最初は誰だって知らない者同士なんだから、探り探り近づいていくのがあたりまえなのに、探られることを拒んできたんじゃない。

自分で壁を作って。バカだったなあ。

今までの人生の中で、すれ違ってきた人たちを思う。その中にはもしかしたら〈Noon 〉で歌うことを、こっそり相談したくなるような友達になれる人がいたのかもしれない。


しかし、そんな私がどうしてゴリさんやカバさんやツーちゃんには、こんなに全部オープンにできてるんだろ?

始まりが始まりだったから?

壁を作る暇も心の準備もできてなかったから?

三人とも私の気持ちとか、ガードとか、壁とか関係なしで、ズンズン入ってきてくれたから?

不思議の国のアリスでもwonderlandの住人は、アリスの気持ちなんておかまいなしだった。

だからアリスは最高に楽しい冒険ができたんだね。彼女は現実の世界に戻ってどう生きたのかな?

まだ、始まってもいないのに、終わるときのこと考えてる。楽しい時はだいたいそうだった。

それも私の悪い癖だね。


ブンブンと首を降ってみた。

まずは再来週!

一曲だけであんなにドキドキしたし、昨日の練習では、J さんがあきれるくらい(Desperado)ばっかり歌った。

それを思ったら。

1ステージ目で2~3曲、2ステージ目で2~3曲。

その日の予約の客層によってJ さんが選曲するから、何曲かは常に歌えるようにしておかなければいけない。

とりあえず10曲。

気持ちに気合いは入った感じ。

でもトポトポしか歩けない。

靴擦れ痛い。バンドエイドほしい。

すれ違う酔っぱらいが、なんか言ってくるのがうっとうしい。

近づかないで!なんか怖いよ。お酒臭いし。

お父さんはお酒飲まないから、酔っぱらってる人は免疫ないんだよ。何言ってるのかわかんないよ!

走りたいのに走れない。

駅がいつもより遠く感じるのは、靴擦れのせいだな。


そのとき、なんか声が聞こえた。

叫んでるみたい。

『・・・ちゃん・・・cherryー!!』

cherryって聞こえたぞ。私?

振り返ったら、すごいスピードでSHINさんが走ってきてる。

立ち止まって手をあげる。

この通りにいる人みんなに、私の名前がcherryだってばれたよ。忘れ物したかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る