015 信夫山 【陸有】

昔、ある男が、陸奥国まで行って、どうという身分でもない男の妻のもとへ通っていた。そんな夫の妻になるような女には見えないので、


 あなたの心の奥が知りたい。こっそりと通う道があればよいのに


と詠んだ。女は限りなくいとしい方だと思ったが、こんな田舎女のろくでもない心を見ても仕方がないのに、とも思った。


【定家本】

むかし、みちのくにゝて、なでう事なきひとのめにかよひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらずみえければ、

 しのぶ山 しのびてかよふ (も)みちもがな 人のこころの をくもみるべく

女かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきえびすごゝろをみては、いかゞはせんは。


【朱雀院塗籠本】

昔。男。みちの國へありきけるに。なでうことなき人のむすめにかよひけるに。あやしくさやうにてあるべき女にはあらず見えければ。

 忍ふ山 しのひてかよふ 道もかな 人の心の奧もみるへく

女かぎりなくめでたしとおもへど。さるさがなきえびす所にては。いかゞはせん。


【真名本】

昔、男ありけり。三津国みちのくにまで、なでふことなき人の妻に通ひけるに、あやしう、然様さやうにてあるべき女にてもあらざりければ、

 信夫山しのぶやま 偲びて通ふ 路もがな 人の心の 奥も見るべく

女、限り無く目出めでたしと思へども、さるさがなゑびす心を見て、いかがせむ。


【解説】

陸奥国に信夫の郡がある。しのぶ山とはこの地方の山のことであろう。

信夫山と忍ぶをかけただけの話に見えるが、しかし、女の正体を知ろうという男の気持ちが気になるところではある。

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