011 空ゆく月 【東有】

昔、ある男が東国へ言ったが、京都に残る友らに、道中手紙を書いて送った。


 空のかなたのように遠くはなればなれになっても、月がまた巡り来るように、私もいつかは帰ってくるということを忘れないで待っていてくれ。


【定家本】

むかしをとこ、あづまへゆきけるに、ともだちどもに、みちよりいひをこせける。

 わするなよ ほどはくもゐに なりぬとも そらゆく月の めぐりあふまで


【朱雀院塗籠本】

昔男有けり。東へゆきけるに。友だちに道よりをこせける。

 忘るなよ ほとは雲ゐに 成ぬとも 空行月の めくり逢まて


【真名本】

昔、男ありけり。あづまへ往きけるに、朋友等ともだちに、路より云ひ遣りける。

 忘るなよ ほどは雲居に なりぬとも 空ゆく月の めぐり会ふまで


【解説】

第7話からずっと、紀有常が東国の国司として赴任したときの話が続いている、と考えられる。


『拾遺集』には、橘忠幹ただもとの歌として「橘の忠幹が、人のむすめにしのびて物言ひ侍りける頃、遠き所にまかり侍るとて、この女のもとに言ひつかはしける」と詞書きがある。

橘忠幹だが、まったく正体不明。橘長盛の子とあるが、ならば『古今集』が成立するかしないかという頃の人であって、『伊勢物語』の登場人物の中では飛び抜けて若い。おそらく何かの間違いだろう。

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