私を染めないで
大澤大地
第1話私を染めないで
雪の合間かから覗く新しい芽、ふきのとうはその未熟な黄緑色の葉っぱをやさしく包み込んでいる。冬が終わり、これから暖かくなるのだと思うとなんだか嬉しくなった。ふと上を見ると梅のつぼみが、その穢れを知らない白い花弁を控えめにおずおずと開き始めていた。
「おい、めがね。今日は図書室じゃないのか?」
「めがね」それは目の悪い私につけられたあだ名。見た目そのままじゃないの。そして私を呼んだ彼は「ハリー」。おでこに傷があるから、めがねはかけてないし、魔法も使えないけども。
「本読んでたら疲れちゃった。ねえ、見て。
梅の花が咲きそうだよ。」
「うわ、ほんとだ。まだ寒いのに」
「もうすぐ春だねえ」
ハリーは通り道だからと、いつも私を家まで送ってくれる。するとおばあちゃんが、
「みかんでも食べていきなさい」
とハリーを招き入れる。いつもの事だ。こたつの上を彩るオレンジ色は私たちをおしゃべりにした。
ある日、学校に行くとクラスメイトのくろちゃんに話しかけられた。彼女はいつも黒い服を着ているからそう呼ばれてる。
「めがねちゃんていつもハリー君と一緒に帰ってるよね?」
「うん、そうだけど」
「もしかしてハリー君のこと好きなの?」
「え?好きだよ?」
「ねえ、それって愛してるって意味?」
「よくわからないけどハリーの事は好きだよ」
「なんかむかつく」
それからだった、それが始まったのは。廊下ですれ違うと小声で「うざい」と囁かれ、机には「きもい」と落書きされ、ハリーと一緒にいると
「なあに?恋人気取り?死ね」
と罵られた。終いにはハリーに対して私の陰口を言うようになり、耐えられなくなった私は学校にもあまり行かなくなった。もう我慢できない。黒は私の世界を塗りつぶし、すべてを台無しにしたのだ。嫉妬、嘲り、罵声。気に入らないものは切り裂き、赤黒く染まっていく。その薄汚い手で、あなたは何を手に入れたの?
学校に行かない日は近くの湖によく出かけた。丸1日そうして過ごす日もあった。そうやって心を空っぽにしていないと怖くてたまらないのだ。ふと人の気配を感じて後ろを振り返るとそこにはハリーがいた。
「なんで学校来ないんだよ?」
「だってつらいんだもん」
「何がつらいんだよ?」
「悪口言われたり、いたずらされたり、ハリーに陰口言われたり。ハリーだって私のこと嫌いでしょ?」
「嫌いなわけないじゃないか!めがねがいなっかたら俺は誰と一緒に帰ればばいいんだよ?みかんだって大好きなのに!」
「でも怖いの。あの子とどう向き合ったらいいのかわからないの」
「向き合わなくたっていいじゃないか。ずっと俺の後ろに隠れてろよ」
「それじゃ私が弱いみたいじゃん」
「だって弱いじゃん」
「うっ、そんなにはっきり言わなくても」
「辛かったら逃げてもいいんだよ。誰かを頼ってもいいんだよ。めがねは一人じゃない。俺がついてる」
「迷惑じゃない?」
「迷惑じゃない。俺を頼れ」
「うん、ありがとう」
いつもより風の少ないその日は、かすかに揺らめくその水面も平和を願うように青く染まり、静かに二人を見守っていた。
私を染めないで 大澤大地 @zidanethe3rd
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