死胎

雪鳴 月彦

プロローグ

         1


 身体の中から音がする。


 グチャリという、水を吸った腐肉がずれ動くような不快な音。


 その旋律が自分の内臓を食い千切り咀嚼している音だとしても、もうあたしにはどうすることもできはしない。


 光を遮断し閉じ籠った部屋の中、ただじっと暗い天井を見つめているだけ。


 どうしてこんなことになったのか。


 全ての原因であるあの日を思い出して、悔しさで涙が浮かぶ。


 ――何故……、あたしだけが、こんな目に。


 吐き気が込み上げ、口から何かが零れ出る。


 それが胃液なのか血液なのか、自分にはもう味覚すら薄れてわからない。


 一週間前くらいから唐突に大きくなり始め既に限界まで膨らんだお腹は、ビクビクと痙攣するように動き続けていた。


 きっと、もう少しで何かが産まれてくる。


 あたしの意識と感情すらも全て奪い取り、この何かは外へ這い出てくる。


 黴の匂いが鼻につく。


 今夜もまた、眠れないまま残された時間を過ごすことになりそうだ。


 どこか遠くから響いてくる救急車の音が、まるで異界から流れ込んでくる異音のように室内を蹂躙し、渦を巻いて夜闇の中へと溶け込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る