第40話

 その後、俺たち二人はなぜだかクラスの皆さんから見張り役を降ろされ、楽しんできてねと生暖かく見送られた。もちろん女装は解いてもらった。

「あの~上野さん?」

「と、とりあえず何か食べましょうか!」

 上野さんが歩きだすので仕方なくついていくことにした。彼女は迷わずたこ焼きを出しているクラスに行きたこ焼きを買って俺に渡してきた。

「あ、ありがとう。そ、それにしても、動きに迷いがないね」

「その、友達と回れるかもと思って、結構パンフとか読み漁っちゃったのよ」

 彼女は頬を赤らめ顔をそらす。控え目に言って超かわいい。

「友達とってことは、仲いい人ができたの?」

「いや、その、あなたと回れるかなって」

 なんだってこの状況でそういうことを言うのか。いよいよ俺の頭の中は混乱してくる。

「と、とりあえず落ち着いて食べれるところに行きましょ」


 いや、確かに落ち着いて食べれる場所だけど。

「なんでまたいつものところに?」

 上野さんに言われるがままについてきたら、いつもの場所に来ていた。

「あなたと食べるなら、ここかなって」

 階段に座りいつも通りに、彼女は食事を始めた。俺も彼女に倣いおとなしくたこ焼きを食べることにする。

 確かにいつも通りなのだが、何とも言えない緊張感に包まれている。間違いなくさっきの出来事が原因である。

「あの、さっきのことだけど」

「何?」

「いや、その、迷惑客を撃退した時の」

「あーあれね、なんていうかその……咄嗟に出ちゃったというか」

 咄嗟に「この子は私の」なんて言葉が出てくるのか……。

「だ、だから、その、その場の勢いで出ちゃったというか」

「本音が?」

 冗談めかして聞いてみる。

「ええそう本音が……待って今のなし!」

 顔を真っ赤にして上野さんが否定してくるがもう遅い。そうか、本音が、ね。

「ち、違うのよ! あなたに迷惑客がつっかかってるの見てたらなんだか腹が立っちゃって、そしたら頭がこうピシッとなっちゃって……あーもう忘れて!」

「あーあれだね。コミュ障特有の妙なテンションのやつだよねわかるわかる。それにしても、普通立場が逆でしょ」

 否定を適当に流して一番の問題点を指摘する。この時俺も半ばやけくその変なテンションになっていた。

 すると彼女は気が抜けたような顔になった。

「ふふふ、確かにそうね。おかしいわ」

「でしょ? ははは」

 二人でおかしくなったかのようにしばらく笑っていると、不意に彼女が問いかけてきた。

「もし今回と立場が逆だったら、あなたはどうした?」

「どうだろうね。その時にならないと分かんないや」

「なによそれ。でもそんなもんかもね」

 彼女は一人、何かに納得したようだった。

「私ね、ずっと考えてたのよ」

「何を?」

「あなたのことどう思ってるのかなって」

 俺は息を吞んだ。黙って続きを待つ。

「それで、多分、ね。その、好き、なんだと思う」

 彼女の口から出たその言葉。俺にはこの時実感がわかなかった。

「えっとそのね、異性としての好きだとか、友達としての好きだとか、そういうの関係なしにあなたのことが好きなんだと思う。あなたといれば落ち着くし、あなたといれば楽しいの」

「それは、俺だって」

「ちょっと前からあなたの様子がおかしかったのが気になってたの。それで実は伊万里に相談してたのよ」

 どうやら彼女にはいろいろバレているらしい。

「あなたがおかしいのは異性として意識してるからじゃないかって伊万里は言ってたわ」

 この前の件といい今回の件といい藤井さんはエスパーか何かなのかな。こちらの考えていることがバレバレで恥ずかしすぎる。

「だから私も考えたの。私があなたに対して抱いているのは何かなって」

 彼女は今までみたこともない優しい顔を浮かべていた。

「あなたは私にたくさんのはじめてをくれた。あなたは私と一緒に悩みを背負ってくれた。そこに下心なんてなかったし、いつでも私と一緒に頑張ってくれた」

 確かにその通りだ。彼女の手伝いをしたいと思ったのは純粋な気持ちだった。


「そんなあなたに、好意を持たないわけないじゃない」


 そう言って彼女は笑いかけてくる。

 俺は、どういっていいのかわからなかった。でも言わなきゃいけない気がしたんだ。


「俺も上野さんが好きだ。大好きなんだ」


 すると彼女はまたおかしいといった風に笑った。

「ふふっ、また立場が逆だったわね」

 恥ずかしさで自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。

「うっ、それはその、あーもう! どうして今日の上野さんはそんなに強気なのさ! コミュ障はどこにいったんだよ!」

「そうはいうけれど、私があなたに対してコミュ障だったのって最初だけじゃない? むしろ最初から結構話せてたと思うんだけど」

 言われてみれば確かにそうである。

「結局どうしてなのさ」

「さあ、どうしてでしょう?」

「なんだよそれ。ははは」

「ふふふ」


「で、これからの話だけど」

「ええ、なに?」

「俺達好き合ってるってことでいいんだよね?」

「ええ、そうね」

「それじゃあ、付き合わない?」

「いいわよ」

「えー何でそんなに軽いの」

「だって、私たちの関係にそんなに変化なんてないじゃない。それに今日一日であなたも吹っ切れて前みたいに戻ってるわよ」

 言われてみれば確かに普通に彼女と話せているように思う。

「いや、そうだけど。付き合うからにはそのいろいろと……」

「なに? エッチなことでもしたいの?」

「いや、そういうわけじゃ」

「それはそれで傷つくわね。でもまあそれならいいんじゃないの?」

「うーんいいのかな?」

 俺がどうしたもんかと悩んでいると、彼女が肩を叩いてきた。なんだろうと彼女の方に首をひねると、彼女の顔がすぐ近くにあり―――


「んっ……!」

 口に柔らかい感触を感じびっくりした俺は首をすぐに後ろに戻した。

「なっ、ななな何を」

「ふふふ、また逆。結構面白いわね。伊万里があなたで遊んでる理由がよくわかるわ」

 まだ妙なテンションを引きずっているのだろうか。俺と彼女のファーストキスは何の余韻も感じられなかった。

「仲良くなった人とはとことん仲良くなりたいのよ」

 なんか、性格変わってませんかね? その不敵な顔もとてもかわいらしく見えてしまうのだが。

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