第37話

 それからというものの、実行委員での活動で後輩の女子と話すときやちょっとしたクラスの手伝いで女子と会話が必要な時、確かに藤井さんの言う通り、俺はまともな受け答えができていたように思う。何というか、今まで考えすぎていたんじゃないだろうかっていうほどにそれはもう普通に、良くも悪くも普通に話すことができるようになってきていた。

 藤井さんに助言をもらうまでは女子というだけでびくびくしていたのに、なんだか嘘のようだ。

 しかしそれとは裏腹に、上野さんと話すのはどんどん難しくなっていくように思う。何と言ったらいいのだろうか、今までのすべてがひっくり返ったというか、俺が今まで女性を意識していたそのすべてが彼女に集約されているというか。

 コミュ障をいつの間にかクリアして上野さん限定のコミュ障になりました。とかもうわけわかんないから!

 今日はまた彼女とあの階段で作戦会議、もといお食事をすることになっている。これさえ終えてしまえば文化祭が終わるまで彼女と二人きりになることもない。なんとか乗り越えねば……。


 平静を保つため、あえて早めに待ち合わせ場所に向かう。彼女はいつも購買に寄ってからここまで来るため急ぐ必要もないのだが、なるべく心を落ち着けたいのだ。

 本棟からかすかにざわざわと、生徒たちの騒ぎ声がいつもよりよく聞こえるような気がした。いつもなら自分の足音にしか注意が向かないが、ここはこんなにも静かだったのか。

 そして屋上へ向かう階段に足をかけたその時。


「溝部君」

 その声に心臓がドクンと一際大きく跳ねた。そう、もうすでに彼女はこの場所に来ていた。

「うっ、上野さん、は、早いね」

「ええ。驚いた? その、たまには私の方が先に来てみようかなって」

 こんな時に気まぐれでそういうことをするのは止めてほしい……。こっちは口から内臓が出るかと思ったよ。

「まあ単なる気まぐれってだけじゃないんだけれど。実はその……言っておかなきゃならないことがあって」

 俺に言っておかなきゃならないこととは一体何だろうか。

「驚かないでね? ……その、」

 なんだかとても言いづらそうにしている。こんな場所で勇気が必要なことを言い出すなんてまさか……。

「……溝部君に女装をしてもらうことになりました」

 あ、うん。知ってたけどね? 告白なんてありえないし。

 うん? ちょっと待って。

「い、今なんて仰いましたか」

「だからその、女装をしてもらうことが決定しました」

 状況がどうもよく呑み込めないのだが、いったいこれは何の冗談なのか。

「ごめんね? その、私の力では止められなかったというか……」

 非常に申し訳なさそうな顔をする上野さん。八の字になった眉毛が可愛い。じゃなくて、

「え、えーっと、どうしてそうなったのかな」

 彼女はじわりと目をそらす。

「実はその、怒らないで聞いてね?」

 どうやら自分がコスプレさせられる流れを俺が確定的にしてしまったために、俺を道連れにしようとしたところなんとなく女装させる流れになってしまったとのことで。

「いやなんでそうなった?」

「う~ん、なんとなく?」

 ちょっと首をかしげて可愛く言ってもこればっかりはだめだぞ!

「まあ、でもね、その、似合うんじゃないかな意外と。メイク映えしそうな顔してるから!」

「そういう問題じゃないのでは。俺の意思が完全に無視されてるんだが……」

「大丈夫! いけるいける!」

 ふんすーと鼻息を荒くする上野さん。なんか今まで見たことないタイプの彼女だ。なんか怖い。俺の女装を望んでいるかのような。

「そんなに俺の女装が見たいの」

「ええ! 見たいわ! ……あ、いやその違うのよ? 私じゃなくて他の人が」

 本音が完全に出てましたよ上野さん。それにしてもそんなにみたいのか? ならやってみてもいいかもな。それにしてもかなり緊張してここに来たのがなんだかばからしい。

「まあいいよ、とりあえずご飯にしようか」

「えっいいの? よかった~」

 この日はこの空気のまま、なんとか乗り越えることができた。

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