第32話

 有志の人たちも集まったようで、今日から本格的に実行委員の仕事が始まるらしい。始まるらしいというのも、なんだか全体的に、特に三年生からゆったりした雰囲気が漂っていて何とも緊張感に欠けるというか、思っていたのとちょっと違う感じだ。

「なあ長山、実行委員って普通はこんな感じの雰囲気なのか? なんか不安になってくるんだけど」

「ああ、俺もここまで緩んだ感じなのは初めてかもしれないが、こういうのに慣れてる人が多いだけだと思うぞ。なあに、責任が大きい役はほとんど三年生だからな、俺たちが心配することでもないさ」

 言われてみればその通りだ。俺たちは下っ端も下っ端、備品の管理しかすることはないだろうし気楽にしていることにしよう。

 クラスなどでの準備も今日から本格的に始まることになる。いわゆる文化祭週間というやつだ。

「そうだ長山、クラスの方も忙しいみたいで手伝いとかしに行きたいんだけど、大丈夫かな」

「それならちょっと前に説明されてただろ。うちのところは大丈夫だとは思う。思うけど、お前本当に溝部か?クラスを手伝うなんてなんか気持ち悪いぜ」

 ひどい言われようだ……。ともあれクラスの方にも顔が出せそうなので一安心だ。まあやることなんて装飾の手伝いくらいなんだけどさ。

 しかしメインはあくまで実行委員で女子と少しでも関わってコミュ障を矯正することである。この係のまとめ役はもちろん長山だが俺も長山補佐のような役割をして積極的に人と関わっていくべきだろう。幸いにもうちに来てくれた有志は女子がほとんど、機会はいくらでもある。

「あ、すみません先輩。トンカチとかってどこにありますかね」

 早速話しかけられた。それにしても後輩か、なんてコミュ力だ。俺ならいきなり普通に先輩に話しかけるなんてできない、絶対にできない。相手が男でも無理だ!

「あ、えっと、トンカチならここら辺に……あったあった。はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 くっ、なんて自然なありがとうございますなんだ! つられてこっちもお辞儀しちゃったよ。圧倒的なコミュ力に対して自然と頭が下がった感じだ。変に思われてないかな大丈夫かな……。

 こんな感じで仕事をしていくなか、少し仕事と担当の女子たちになれ始めたころになってようやく他のことにも気が回るようになってきた。そう、上野さんの様子を見るのをすっかり忘れていたのだ。まったく見かけないのだが……。

「なあ長山、上野さんはどこに行った?」

「上野さんならなんだか端っこの方で椅子に座ってるんだが……。なんか声かけづらくてな」

 あっ、ほんとだ。なんだか椅子に座っていつもの無表情になってる。

「ああ~、ちょっと行ってくるわ」

「マジか溝部。やめとけって……」

 長山はちょっと前に上野さんのイメージが変わったって言ってたのに、意外とビビりなのかな。

 とりあえず俺は小声で彼女に話しかけてみる。

「上野さんどうしたの」

「……へへへ」

 彼女は気味の悪い笑い方をして無表情のままこう言った。

「初対面で名前も知らないのにあんなふうに接せるなんて、つくづく自分のコミュ力のなさを実感させられるわ」

 ああ~どうやら彼女は俺も少し感じたように彼女たちのコミュ力の高さに当てられたようだ。しかもほとんど心を折られている。

「大丈夫だって、あの人たちも藤井さんほどのコミュ力は持ってないはずだから」

 多分、

「そんなに落ち込まなくても自分のペースでいいんだから。俺だって少しずつ話せるようになってるし」

 それでも上野さんの無表情は元に戻らない。これは相当だな……。

 時間的にもちょうどいい、ここはひとつ戦略的撤退をすべきだろう。

「長山、ちょっと俺たちクラスの方を見てくるけど任せてもいいか?」

「あ、ああ、いいぜ」

「それじゃあまた後で」

 上野さんの手を引いてひとまずこの場から離脱する。

「え? ちょ、ちょっと!」

 彼女は混乱しているようだがさっさと退場してしまおう。


「ちょ、ちょっと待って」

 しばらく歩いたところで彼女が声をかけてきたので落ち着いたようだと判断し振り返る。すると彼女の顔は、なんだか真っ赤になっていた。

「……手」

 ? 何か言っているがよくわからない。

「……手! 手よ!」

「手?」

 俺はいま彼女の手をそれなりの強さでしっかりと握っている。言われてから気づいたが女の子の手をしっかり握ったのなんて初めてだ。なんだか柔らかくてすべすべしてて、ずっと触っていたいと思えるような……。そこまで考えて、俺は急に恥ずかしくなって手を放した。

「ご、ごめん!」

「いや、その、別にいいんだけど、その……恥ずかしかった」

「ほんとにごめんなさい!」

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