第11話

 彼女、上野朱里の魅力とはなんだろう。

 俺は家に帰ってから特に意味もなくベッドに横たわりそのようなことを考えていた。

 まずはやはりその容姿か。一年生の頃に話題になったように彼女の容姿はとにかく優れている。すれ違えば十人中十人の男が思わず振り返るだろうその流れるような黒髪と均整の取れたすらっとした体躯は清らかですっきりとした印象を否応なく与えてくる。

 一方で、普段の学校での無機質な態度は彼女の容姿と合わさることによってどこか遠い場所で咲いている一輪の花のように思えてくる。故に俺たち男子は高嶺の花だとか言っているわけなんだが。

 ここまでは学校のみんなが、つい先日までの俺が抱いていた彼女へのイメージだ。

 では今の俺の中にある彼女への印象は一体どうなっているのか。

 ここ最近のことをいろいろと思い返してみる。始業式の日にぶつかったこと。一人で屋上近くの階段を鼻歌交じりに上ってきたこと。自身はコミュ障だといい俺のことをコミュ障仲間だと言っていたこと。その後誘われて一緒に昼食をを何度かともにしたこと。最初は話題にも困っていたが、いつしか互いに慣れてきて他愛もないことを話していたこと。そしてどういった話の流れだったか、カラオケに一緒に行くことになったこと。俺の緊張は何だったのか、全身ジャージで現れ一人リサイタルをしていたこと。

 短い期間とはいえここまで変な思い出がほとんどなのはどうしたものか。とはいえ俺が最近知った彼女の印象は自然とこの中から生み出されるわけで。

 まず彼女がその第一印象とは違い、かなり残念な人であるというのは言うまでもないと思う。どこか近寄りがたいその雰囲気がただコミュ障から生み出されたものであったと言い換えればその残念さは筆舌に尽くしがたい。しかしそのことは俺の中の憧れを親近感へと変えた。

 彼女は俺のことを女子と話すのが苦手だと見抜いていた。俺自身はそのことに気づいていなかったが彼女がそのことに気づいていたのは他人に興味を持っていることの現れだろう。そういえば食事会の目標もコミュ障からの脱却だとか言っていたっけ。女の子とあまり話したことのない俺が言うのはおかしいかもしれないが、彼女は人と話すのが苦手な普通の女の子なのではないか、そう思う。それが彼女の魅力ではないかと。

 最初はぎこちなかった会話も今では普通になっていることから話すのが苦手でも決して嫌いではないということがわかるし、性格も少し抜けているとことはあるものの芯が通っているように感じる。きっかけさえあれば誰とでも、仲良くなることはそう難しくないだろう。

 そう、きっかけさえあれば誰とでも仲良くなれる素質は持っているはずなのだ。俺である必要もなかった。女子が苦手な俺とでさえそれなりに仲良くできるのだ。今までは運が悪かった、ただそれだけなのではないか。

 でも俺は彼女と友達になった。と、個人的には思っている。現行ただ一人の友達になれたと思っている。一方的な思い込みかもしれないが、彼女は俺の初めての女友達になった。

 その彼女が目標に掲げているのはコミュ障からの脱却、ならば俺のすべきことは......

 

 

 翌日、月曜日。週明けの気怠さに教室は包まれていた。そんな中で俺は一人そわそわしていた。

「おはよう樹。今日はやけに早く学校に来てたんだな珍しい」

「おはよう俊之。ああちょっとな、やる気が出てきたんだよ」

「お前の口からそんな言葉が出てくるなんて何年ぶりだろうなぁ~」

「うるせえよ」

 俊之とそのまましばらく話していると上野さんが教室に入ってきた。俺は意を決して挨拶をしてみる。

「おはよう上野さん」

「!?っぉ、おはよう」

 少し動揺したようだが思った通り普通に(?)返してくれた。

 周囲が少しざわついて不思議そうに俺と上野さんを見ている当然だろう。自己紹介と授業中に当てられた時にしか話したりしない彼女が挨拶を返したのだから。突然あいさつするのは少し意地悪かもしれないと思ったが、本気でコミュ障を治すという意思表示をここで彼女にしておきたかったのだ。

「樹お前、もしかしてそういうことか......」

 俊之が一人で何か納得しているがここで何か言う必要もないだろう。


「ちょっとどういうことよ溝部君!今朝のあれは!」

 時間は昼過ぎ、昼休みもちょうど中ごろといったところか。いつもの場所にやってきた上野さんは開口一番文句を言ってきた。

「何って、挨拶だけど」

「それはわかってるわよ......どうして急に挨拶なんてしたのよ。教室の空気がなんか変になってたじゃない」

「俺はもう上野さんとは友達になったと思ってる」

「そ、そう。と、友達か」

 ちょっとにやけている。

「そう、友達だ。その友達が教室に入ってきたのに挨拶しないほうがおかしいだろ?」

「そ、そうなのかしら」

 彼女はちょっと納得いかないような顔をしている。まあ友達いない風なこと言ってたしそうなるよね。

「それに、俺たちがここに集まるにあたって上野さんが立てた目標があるでじゃないか」

「コミュ障脱却よね?それがどうしたのよ」

「コミュ障を治すのにいつまでもここで二人だけで話してても意味ないでしょ」

「......よくよく考えれば確かにそうね。だから今朝は急にあいさつしたと?」

「コミュ障脱却への意思表示だね」

「別に普通に言ってくれればよかったのに、まあいいわ」

「よし、そうと決まれば今日からコミュ障脱却会は正式に活動を始めるということで!」

「なによ、それ。......ふふっあはははは!」

「ははははは!」

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