第9話

 受付を終えて店員に部屋番号を伝えられる。その部屋まで言ってドアを開けると、


「せ、狭くね?」


俺が前男二人で来た時よりも狭い部屋だった。

「そうなの?いつもこんな部屋だけど」


 それはあなたが一人で来てるからですよ上野さん......


 この部屋、どう座っても俺が思ってたより彼女との距離がかなり近くなってしまう。近くに座るっていうのは確かに日ごろの昼食で慣れているが、この狭い部屋で二人となると勝手が違う。解けてきた緊張が一気に最高潮に達してしまう。


「どうしたのよ、座りましょう」


「あ、うん」


 二人してマイクとリモコンを取ってから座る。


「「......」」


「とりあえず採点入れるわね」


「お、おう」


「「……」」


気まずい......そういえば男二人できたときにも最初にどっちが歌うか、結構決めるのに時間がかかったんだよなぁ。カラオケで最初に歌うのってなんか緊張するんだよ。大勢できたときは大抵そういうのが大丈夫なやつがいるけど今日は俺と上野さんしかいない。上野さんは初めての二人以上でのカラオケみたいだしここは俺が歌った方がいいのか?でもあまりうまくないから曲入れづらいし......


「ええい!どうにでもなれ俺が最初に入れるぞ!」


リモコンを操作して適当に曲を入れる。


歌いはじめてからは歌うのに集中しようと意識を切り替えた。テレビなんかでよく使われる採点システムで自分の音が外れているかいないかが一目でわかるようになっている。ただでさえ緊張しているのに音が所々はずれて地味に恥ずかしい。サビに入ってからは歌詞をよく覚えているし音もあまりはずすことがないのでちらっと彼女の方をみてみた。


彼女はリモコンに集中していた。そういえば先から画面の真ん中上あたりにピコピコ表示されてるな……ん?7曲目が登録された!?見間違いか?いや見間違えじゃないなこれ、それから俺が一曲歌い終わるまでには12曲くらい曲が入ってたわけだが、


「ちょっと入れすぎなんじゃないか?」


「え、そうかしら?いつもは1曲ずつ入れてたけどあなたが歌ってる間なら何曲でも入れられるじゃん!と思って入れてたんだけど」


「いや、それじゃあノンストップで12曲歌うことになるぞ?いいのか?」


「あっ……ま、まあ何かあれば途中で止められるじゃない」


一番の問題はその間俺が暇ってところなんだけどな。


そういえばドリンクバー頼んで入ったのに飲み物を取ってきてなかったな。


「じゃあ俺飲み物とってくるよ。何がいい?」


「えっ、ああそうね何があったかしら。覚えてないから任せるわ」


「それ一番困るんだけど……じゃあお茶取ってくるね」


そう言って俺はコップをもって個室から出る。女子と二人きりで部屋にいたことで緊張していた体からは変な汗が吹き出ていた。幸い脇汗はすごいことになっていないがしばらくしてから個室に戻った方がいいだろう。一呼吸してから俺はドリンクバーに向かっていった。


ここのドリンクバーは数種類の飲み物とスープやソフトクリームなどが用意されている。何気にここのコンソメスープは俺のお気に入りだったりするが、飲みすぎると塩分がやばいので注意が必要だ。


俺は先程いった通り二つのコップにお茶を入れる。お茶を入れてる間に後から人の気配がしたので少し慌ててコップをとって振り返ると、


「あれ?溝部じゃん。おっす」


そこにはクラスメイトの西村がいた。


「コップを二つ持ってるとはパシられてるのか?誰と来てるんだ?」


「いやー中学のときの同級生とな」


とっさに嘘をついてしまったがまあいいだろう。西村とはあまり話したことはないが、こいつはクラスで1、2を争うチャラ男みたいなやつだ。上野さんと二人で来てるのが知れたら間違いなく面倒なことになる。


「へえーそういやここら辺の中学校なんだっけか?俊之と一緒だったっけな」


「うん、そういうそっちは?」


「俺は彼女とな。俺もパシられ中ってところだ」


「なるほどな。じゃあ俺はこれで」


そう言って俺は西村から離れていく。ここは学校に一番近いカラオケ屋だからうちの生徒とも会う確率は高い。今更気付いたわけだが、会計の時間が一緒とかじゃない限りバレることはないだろう。



西村に会って逆に思考がクールになって戻ってくることができた。コップを二つもっていては開けにくい扉をなんとか開けると彼女の歌声が聞こえてきた。お茶を置いて座ると俺はいつのまにかその歌に聞き惚れていた。

一人でよく熱唱するだとかカラオケで鍛えてるだとか言っていたが本当にいい歌声だった。そして彼女は本当に楽しそうに歌っていたのだ。教室での無表情とも、いつも俺と話すときの表情ともどこか違っていた。なぜだかわからないがこれが彼女の素なのだと俺は確信を持った。こんな顔をすることができるのにいつも無表情なのは本当に勿体ない。彼女のことをみんなにももっと知ってほしいと思ったのだ。

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