第5話
ここは理科棟西側階段の一番上。屋上への扉には立ち入り禁止の文字があるがそのほかには何もなく、昨日と同じように静かでどこか同じ学校とは思えない空気を漂わせていた。
カツ、カツ、カツ、と階下から足音が近づいてくる。おそらく彼女だろう。ただ昨日のような鼻歌は一切聞こえてこない。無機質な音だけが響き俺はより一層緊張を高めた。
「あなた......本当に来たのね」
「い、いや~あはは......」
来た。来てしまった。彼女、上野朱里はどういうわけか昨日とは違いとても落ち着いていた。反対に俺は激しく動揺している。改めて見てもやはりというべきか、彼女はとてつもない美人さんだ。
「一緒に食べないかと誘ったのはそもそも私の方だけど、まさか溝部君があんなに饒舌に喋れるとは思わなかったわ。仲間だと思ってたのに何かものすごい敗北感を味わったのよね~」
「えっ、ああ~そのことなんだけど......」
「なに?今日の私がやたら喋るのがおかしいの?」
「いやそうじゃなくて......」
「あなたに負けないように今日は気合を入れてきたのよ!さあ早くご飯にしましょうよ。今日の私のご飯は購買のパンでも人気の三角チーズパンなの。このパンは―――」
どこかようすがおかしいぞ。全然こっちの話を聞こうとしない。
「あの!ちょっといいですか!」
「ひゃう!な、なによき、急に」
驚かせてしまったが今しかないだろう。
「いやーあの、その、昨日のことは間違いだったというか、事故だったというかですね、昨日の僕はちょっとおかしかったっていうか」
「?」
「上野さんを前にしてテンションが変になってたというか、その、とにかく違うんです!」
なんて言えばいいのか、さんざん考えていたがいざとなると俺の言葉は要領を得ない。
「ええっと、つまり昨日のあの饒舌さは急な展開に動揺が限界を振り切れてからハイになってたことによるコミュ障にたまに訪れるアレよね」
上野さんが説明してくれたので俺は全力で首を縦に振る。
「そう!そういうことなんです!だから昨日のことはぜひ忘れてくださいお願いします!あれ?てかなんでわかったの?」
聞いた途端彼女の顔に陰が差したような気がした。
「ふふふ......中学校の時に同じようなことをして周囲から一歩引かれ続けたからよ。それからというものクラスで何となく話す人すらいなくなったわ」
どうやら地雷だったようだ。経験者だからわかるって悲しすぎる。
「そういえばあなた、昨日おもしろい事言ってたじゃない。確か私が......」
「わー!わーわーわー!忘れてください!」
「まあそれはいいんだけど、昨日の話。やっぱり私と一緒にご飯食べてみない?」
「え?」
「あの後考えてみたんだけど、前にも言った通り私はあなたが相手だとなぜかそんなに緊張しないのよね。その原因が同族の仲間意識なのか何なのかはよくわからないけど。それにあなた、女子と話すの苦手よね?」
「うっ」
なんでバレてんですかね......そんなにわかりやすいのかな?俺。
「なら私と話すのはその改善につながるんじゃないかしら。私はあなたで人に慣れることができて互いに悪い話ではないと思うのだけれど」
確かに悪い話ではないな。俺が女子と話すことが苦手なのは異性ということを強く意識しているのが原因だろう。その点では学年最高の美少女である目の前の上野さんに慣れてしまえば問題はほぼ解決するといっていいはずだ。
「わ、わかった。一緒に食べることにするよ」
「ええ。よろしくね!」
俺はその時彼女の笑顔を始めてみた。
「とはいってみたものの......」
「......」
さっきの威勢が嘘のように上野さんは黙って食事を始めてしまった。そういえば気合い入れてきたとか言ってたもんなぁ。言いたいことは言ったけどあと何にも考えてなかったから話せなくなったんだろう。かくいう俺も何を話せばいいのか全く分からない。話題を提供できなくなると自分が普段どれだけ相手に話を振ってもらっているのかがよくわかる。
「「......あの」」
「な、何」
「いや、そっちこそ......」
「......」
どうしろと?昼ごはんの話題でも出すか?安直すぎる気がするが.......
「えっと......上野さんっていっつも購買のパン買ってるの?」
「ええ。量がちょうどいいのよ。溝部君はいつもお弁当なの?」
「うん。母さんがいつも作ってくれてるよ」
「そう。大変ね」
「うん」
いや終っちゃったよ......。どうする?よく人と話すときは共通の話題を出すといいと聞くな。よし
「上野さんってコミュ障なんだよね。英語の時間のペアワークってどうしてる?俺は相手が誰でも普通にするようにしてるけど」
「無視よ」
「えっ」
「無視するの。なんで英語のペアワークなんてあるのかしらね。。なによ、例文を暗記して互いに日本語を言って英文を言うって、暗記するだけなら家で一人でやったほうがいいに決まってるじゃない。あんなことやって英語が喋れるわけじゃないのに、コミュ障への当てつけよ!そうに違いないわ!いっそのこと理科の実験も一人でやらせてくれないかしらね」
「う、うん。そうだね」
俺に対しては割と普通に話してるのに考えてることはこの上なくコミュ障だった。自称コミュ障って実際コミュ障じゃなかったりむしろコミュ力高かったりすることも多いけど、目の前にいる自称コミュ障はどうやら本物のようだ。
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