第6話

 開ければそこには、ハナと戯れる藤倉君が既に待っていて。

 薄暗くなり始めた空に浮かぶ一番星の下、濃紺のシンプルな浴衣に萌葱色の帯を締めた彼の姿に、普段見慣れない格好のせいもあって、私の鼓動は瞬時に跳ね上がった。


「あらあら」

「こんばんは」


 振り向けばお母さんも藤倉君を見つめていて、いや、寧ろ見とれているといった方がしっくりくるほど、顔には喜色が浮かんでいた。


「こんばんは。藤倉君?」

「はい。初めまして。美麗さんとお付き合いをさせてもらってます、藤倉羽宗です。ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません」


 藤倉君は、丁寧に頭を下げた。


「まあ、礼儀正しいのね。美麗にはもったいないくらいのハンサムな男の子じゃない」


 満面の笑顔で、さり気なく私を貶める。反論はできないから仕方ない。

 でも言っとくけど、私お母さんの子供だからね?


「もういいでしょ。行こう」


 急いで藤倉君の背中を、回れ右するように押す。

 するとお母さんは、はいはい、気を付けてね、と手を振った。

 もう一度藤倉君は、それに律儀に会釈する。私は、バイバイ、お母さんに背を向けると、彼の背中を今度こそ力一杯押した。


「うらら、俺転んじゃうよ」


 彼は笑いながら門に手を掛ける。


「お母さんに捕まったら、お祭りに行きそびれちゃう」

「そんな大袈裟な」


 下駄に草履。二人とも履きなれない足元は、からころと音がして、あんまりスピードも出ない。でもそれが、ゆっくり歩く口実になる気がして、私は密かに嬉しくなってしまった。


「第一印象は大事なんだぞ」


 真剣に返す彼。


「大丈夫。藤倉君なら顔パスだよ」

「それ、何だか複雑だなぁ」

「得してるんだから、良いじゃない」


 私たちは笑いながら、道路へと下りた。


「うらら、綺麗だね」


 不意打ちのように彼が囁く。途端に赤くなるのが自分でも分かって、気恥ずかしさに思わず俯いた。


 ――そのときだった。


「あっ! ハナ!」


 お母さんの慌てた声と、次いでドンッという衝撃。その拍子に私は少し前につんのめったけど、藤倉君が支えてくれたので何とか転ばずに済んだ。

 そして横目で捉えたのは、走り去る白いふわふわ。

 まさか、そう思って振り返ると、お母さんは血相を変えていた。


「ハナが!」


 ハナが、脱走?


 藤倉君が咄嗟に追いかけようと走り出す。

 私も後を追おうとして、草履では絶対に追い付けないと思い直し、玄関へと取って返した。スニーカーに履き替えながら、


「お母さんは家にいて! ハナがもしかしたら戻るかもしれないから!」


 大声で告げると、今度こそ藤倉君の後を追って走り出した。

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