第8話

 藤倉君の言葉通り、私たちは互いに特別な予定が入らない限りは、毎日一緒に帰るのが習慣となった。

 みんなの前で手を繋ぐのはまだ恥ずかしくて、西紅生の少なくなる、あの奇妙なおばあさんと遭遇したバス停付近から、いつも自然と彼が手を取ってくれる。私の気持ちを何よりも慮ってくれる気遣い屋の彼。

 恐れていた嫌がらせも、今のところは受けていない。


 そしてもう一つ私を安堵させたのが、琴平さんに下校時会わなくなった、ということだった。時間をずらしているのか、若しくは裏門から下校しているのか。どうしているのかは分からないけど、自分が恐ろしく非道な人間になってしまった、そんな観念に苛まれずに済んだ。


 ゆっくり歩いてるというのに、二人で帰る通学路はやけに短く感じる。

 いつも大した話はしていないけど、私は彼との間に流れる優しい空気を、とても心地良いと感じていた。

 そして同時に思う。やっぱりこの手を放すことなんてできない、と。

 それなら、そう思うのなら、大きな罪悪感を抱いてなんていけないのだ。それは膨れ上がれば、近い未来後悔となって私を突き落とす。

 全てが凍てつく、あのクリスマスの夜に。

 私はまるで命綱であるかのように、彼の手をぎゅっと握りしめた。



「ありがとう」


 あっという間に辿り着いた我が家。私の声に気付いたハナが、門から鼻を突き出して尻尾を振る。


「ハナ」


 ほぼ毎日会っている藤倉君に、ハナは早々に懐いた。今も気持ちよさそうに目を細めながら、大人しく撫でられている。


「可愛いなぁ。俺んちも何か飼いたいな」


 同じくらい目を細めた藤倉君が、そんなことを言い出した。


「動物、何も飼ってないんだっけ?」

「うん。小さい頃にお祭りの屋台で金魚掬いしてさ、一時期それを飼ってたんだけどね。わりとすぐ死んじゃって、それきり」


 思い出したのか、少し寂しそうに笑う。


「俺そのとき大泣きしてさ。それを見た母親が、もう今後一切うちでは生き物は飼いません! そう宣言したんだ。それ以来、何も飼わせてもらってない」


 ちょっぴり気の毒だけど、優しい藤倉君らしいエピソードだと、私はそっと笑う。


「それならもう、飼わない方がいいかもしれないね」

「うん。やっぱりそう思った。月島んちの犬なのに俺もうすげぇ可愛くって、多分既にヤバい」


 ハナを愛おしそうに見つめながら、お前ふわふわだなぁ、そう言ってもう一度優しく頭を撫でた。


「今度ハナに何か買ってあげても良い?」

「え? おやつとか、おもちゃとかってこと?」

「うん。喜ぶ顔が見たい」


 なるほどそういうことなら、動物を飼えない彼のためにも一肌脱ごうじゃない。

 私はふふっと笑って、とっておきを教えてあげることにした。


「じゃあお好み焼き、買ってきてあげて」

「お好み焼き?」


 彼が不思議そうに私を見やった。


「ハナ、何でか分からないけど、お好み焼きが異常に好きなの」


 私は以前、ホットプレートを使って家でお好み焼きをしたときのことを彼に話す。ハナがべったりと窓に貼り付いて、結局食事が終わるまでそこを動かなかったという笑えるエピソード。お好み焼きの何がそんなにハナを惹き付けているのか、まるでコントのようだったと、家族では未だに話題に上る。

 それからは勿論、お好み焼きの日は、ハナへのお裾分けを欠かさない。

 手なずけるなら、間違いなくこれが一番だ。

 すると彼は嬉しそうに、今度買ってこよう、意気揚々とそう答えた。

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