第2話

 それからの私の行動は、今までで一番積極的だった。

 単なる噂を鵜呑みにして、事実と異なっては目も当てられない。だから普段送るときと何ら変わらない態度を装って、彼にラインを送った。


『噂で聞いたんだけど、西紅受けるってほんと?』


 でも実はこんな単純な文面を作るだけのことに、私は頭を小一時間ほど悩ませた。余計な詮索だと嫌がられるのではないかと思って、内心はドキドキだったから。


『もう知ってんの? 噂って凄いなぁ』


 五分くらい過ぎた頃だろうか。返信が来て、スマホを握りしめていた私は、それがすぐ既読になったことを、気持ち悪がられてたらどうしよう、なんて妙に焦ったりした。


『てことはほんとなんだ?』

『うん、まあ。でもちょっと厳しいからな、勉強頑張らないと。月島さんはどこ受けんの?』

『そっかぁ。頑張ってね! 私はまだ考え中』

『そうか。でもお互い、悔いの残らないよう頑張ろうな』


 私の志望校は、彼のこの言葉で決定した。


 だけど目標を達成するのは、容易なことではなかった。頭の良い藤倉君ですら努力を必要とする西紅の受験。必然的に私は、その何倍も何十倍も努力しなければならなかった。

 突如受験校を跳ね上げた私に、先生や両親はおろか、友人にまでどうしたんだ、と驚かれる始末だった。

 勉強が好きだなんて、一度だって口にしたことはなかったから。


 まず、それまで一ミリも行こうなんて思ったこともなかった塾へと通うことにした。

 たったそれだけなのに、全てがとてつもなく大変になった。塾で勉強する時間と、出された課題に取り組む時間、それだけでゆうに三時間は消費してしまう。加えて学校の宿題に、西紅に特化した受験対策。

 お風呂の中では単語帳が手放せなくなったし、トイレには歴史の語呂合わせ年号を貼り付けた。夜なんて、空が白むまで机に噛り付くことだってあった。


 慣れないことに体が追い付かず、とにかく眠くて眠くて仕方がない毎日。お陰で苦くて大嫌いだったブラックコーヒーも飲めるようになったし、いつだってクマをこさえ充血した目は、友人の笑いを誘った。瞬く間に視力が下がり、私はいつしか眼鏡を掛けるようになった。それは普段生活する上でとても不便に感じたし、長時間掛けていると耳の後ろが痛くて不快だった。でも、それらを苦痛と感じることはなかった。全てが、私の頑張っている証だと思えたから。


 しかし私の心は、模試によって突き付けられる現実に、その都度打ちのめされた。

 こんなに頑張っているのに、努力は何故報われないのか。人はいつだって、もっと早くこうすれば良かった、そう悔やむのだ。

 C判定の文字が浮かび上がる結果を見つめながら、だけど私は折れそうな心を必死で繋ぎ止めるように、一つの過去を思い出していた。

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