ブリッジ

 この橋で、きみと別れた。

 もう何年も前の話だ。

 正確には別れたのではなく、カルチャーショックのような決別だったけど。

 翌年も、僕は同じ日同じ頃に橋に立っていた。

 人通りのない、暗いような、どこまでも自由であるかのような、この橋に。


 思い出すこの場所は、いつも曇っているようだった。晴れ渡ったこの橋の上を歩いた事はある筈なのに、あの日の曇天が、細かく降る雨とも言えないような霧雨が、イメージの上でいつもこの場所を灰色に染める。

 バスで通り過ぎるたび、休日のマイカーで意識もせず、隣りに誰かを乗せている時でさえ、先のとがったHBの鉛筆の先のように、小さくて固い黒が心に点を付ける。

 そして僕は友だちとのバカ話の中で言うのだ。

「ちっちゃな、若い失恋だったよ」って。

 こんなにも深く抉れるような肉の痛みをおくびにも出さないで。


 自己満足なセンチメンタルだと思う事もあった。

 自己満足な純愛だとも思った。

 だから僕は、叶わない恋をしなくなった。

 片想いは、清潔で苦しくて美しい。

 両想いは必ず、どちらかの心が重くてどちらかが軽い。

 僕は軽く居たかった。

 フラれても「本気じゃないから」とうそぶいて目を細め、フッても「あの想いには届かなかった」と笑って酒のグラスを燻らせた。

 僕の心の底の底の底にある、重苦しくて汚らしくて何よりも重い愛の質量を、誰かにぶつけることが、すごく怖かった…。


 好きな子ができた。

 あれからもう十何年と経って、いい加減、とぐろを巻いていたあの想いは柔らかくて確かな保護膜に包まれて落ち着く場所を見つけていた。

 手探りで抱きしめた激情と、それからの小手先の恋愛たち。

 その先に、すっ、と、光が差し込んでいた。


 僕は今、思うよ。

 今目の前にあるこの恋を、僕はきっと、慣れた小手先と、臆病に隠した純愛で、汚していく。

 汚しても、傷ついても、叶わなくても、それでもいい。

 誰かを滑稽に愛す自分自身が、今とても清々しい。

 叶えばいいと思うよ。でも、叶わなくても、もう後悔などしないだろう。

 きみを好きだったあの頃のように、本当は童貞なんじゃないかってくらい恋を知らない僕は、ここにある恋心に恋をしていて、きっとこの恋の橋をその子の心に架けたいと思っている。


 愛情のような、失恋。

 そして、失恋の結末しか見えない、今の恋。

 アイラビュー。アイラビュー。アイラビュー。

 アイラブユーのユーは、やっときみじゃなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る