第12話 新たな一歩
観覧車から降りる。
俺と伊根町が最後に乗ったので、他の全員はもう既に集合していた。
俺の家族も含めてだ。
「お疲れ」
「おう」
観覧車に乗っただけで労ってもらえる男です。
「この後はどうするんだ?」
「まだ行ってない所を回って、晩ご飯を皆で食べて終わりかな」
「そうか」
妥当な所だ。その後彼らは家へ帰るのだろう。
しかし俺達家族はディスティニーホテルに、株主優待チケットのお陰で無料で泊まることが出来る。その為、一緒に帰ることはない。
「九人か……。どうする母さん?」
「言うだけ言ってみましょう?」
「そうだな」
そこで親父と母さんが何か相談し始めた。相談が終わると、俺達の方へ向き直る。
「君達、私達と一緒にディズニーホテルに泊まらないか」
突然どうした。
「実はな、私達家族が持つチケットは、一枚につき二人まで使えるんだ。四枚あるから、八人までならタダでホテルに宿泊することが出来るんだが……」
そうだったのか。
チケットの裏を確認し、詳細を見てみる。
二人まで使えるよ、ハハッ!
どうやら親父の言うことは本当だったらしい。しかし親父の提案に、立也達は困ったような表情を浮かべた。
それもそのはず、現在ここにいるのは九人。許容人数は八人なので、一人だけ泊まれないことになってしまう。
それを除いても他にも様々な問題があるだろう。例えば、
「すいません。私達、泊まる用意も何もしてないので……」
舞鶴の言った通り、彼らは何も用意していない。
その状態でいきなり泊まりだと言われても、断るのは目に見えていた。
「大丈夫だ。パジャマも含め、必要な物は殆どホテルが揃えてくれている。更にアメニティには、ディスティニーのオリジナルイラストが可愛く描かれていて、持ち帰ることも出来るぞ」
ピクッ。
親父の滑らかな解説に、反応したのは伊根町である。
隣では福知が無知を晒していた。
「アニメティ?」
「アメニティ。ホテルにある備品みたいなものかな。歯ブラシとかスリッパとか」
立也の分かりやすい説明に、福知はふんふんと頷く。
「へえー、それがアニメティか!」
「アメニティ」
先程反応を見せた伊根町は、少し考える素振りを見せた後、くいくいと舞鶴の袖を引っ張った。
「私、アメニティ欲しい」
「……そりゃ、私も泊まってみたいし欲しいけど」
舞鶴が伊根町のアピールに悩み始めた。
……まさか本当に泊まるなんてことはないよな?
かなり疲れているので、今夜はゆっくり一人で休みたい。だが彼らが共に泊まるとなればそうもいかないだろう。
「あの、俺は明日用事があるから泊まれなくて……ちょうど八人だから皆、清水のお父さんに甘えてもいいんじゃない?」
おい、モブ田。普段は黙っているのにどうしてこういう時だけ出しゃばってくるんだ。
彼の助勢により、雲行きが怪しくなって来た。悪い流れを断ち切るために、咄嗟に思いついたことを口に出す。
「待て、パジャマはともかく下着の問題もあるだろ? そればっかりはホテルにも置いてないだろうし」
いくら何でも下着まで置いているホテルは無いだろう。
「ここで買えばいいじゃないか」
現地調達!?
その答えは流石に想像していなかった。確かにそうすれば宿泊に不便はないだろうが……。
それでも諦めきれず、まだ食い下がった。
「でもそんな、下着なんて売っているのか? ここは遊園地だぞ?」
スッと親父が、片手に下げた袋から何かを取り出す。
「可愛かったのでな。つい購入してしまった」
親父が頬を染めそう言った。
彼が取り出したものは、ディスティニーのキャラクター、ドナルゾのイラストが描かれているボクサーパンツだ。
親父……。
これ以上は何も言い返せず、ただ話の流れに身を任せることしか出来なかった。
結論が出る。
「じゃあ、私達もお言葉に甘えて泊まらせてもらおうかな」
夕焼けが……綺麗だ。
夕食はホテルのレストランで取った。モブ田とは既にお別れを済ませ、現在はホテルの風呂を満喫している所である。
「ふう……」
風呂は嫌いではない。溜まった疲れを癒してくれるからだ。
湯船に浸かり、タオルを頭に載せ、浴槽にもたれる。本当に今日は大変な一日だった。
午前中はテストを受け、午後からは遊園地を立也達と周り、舞鶴の恋愛の為に奮闘し、最後には苦しみながらも観覧車に挑んだ。
こんなに忙しく、騒がしく、辛くて。それなのに楽しくて心が躍ってしまう今日のような日は、いつ以来だろうか。
昔はよく、そんな日々が続いていた気がする。
またこれからも、続けていたくて。俺は一つの決心をした。
「大変だったな」
「全くだ」
立也と二人、お湯の心地よさを堪能しながら会話する。福知は体を洗っていた。
「何か考えていたのか?」
「ああ」
立也に隠し事は出来ない。今の様にすぐにバレてしまう。
「俺さ」
「部活を始めようと思うんだ」
「部活?」
「そうだ」
「どの部にするんだ?」
「新しく作る」
「へ?」
立也は驚いたようにこちらを見てきた。目が合うが決して逸らしはしない。
俺が真剣なことに気づいた立也は、気を引き締め、問いかけてきた。
「何を始めるんだ?」
「人助け」
「!」
「愛は、そういうの好きだっただろ?」
「そう……だな」
「真似って訳じゃないが、俺もしたくなった」
噛みしめるように、立也は呟く。
「……漸く前に、進めるんだな」
「……ああ」
俺もまた、ゆっくりと頷いた。
「具体的にはどうするんだ?」
「悩み相談、とかだな。落とし物を探したりするのも面白そうだ」
「スケットダンサーみたいな?」
「そんなところだ」
スケットダンサーとは昔、少年ステップで連載していた人助けを専門にする部活の物語である。銀玉のパクリだと騒がれていたことを思い出す。
「お前らしいな」
「そうか?」
真逆だと思うのだが。
「昔のお前だよ」
「……なるほど」
妙に納得出来た。
「清水っちー!」
そこで体を洗い終えた福知がやってくる。
「俺あんまし清水っちのこと知らないからさー、今日はマジ喋りてえの!」
「お、おう」
俺は寝たいのだが。疲弊し切ったこの体に一刻も早く休憩を与えてあげたい。
目を輝かせる福知を見ると、騒々しい夜になりそうだと諦めることしか出来なかった。
こうして俺の、あまりにも有意義過ぎた一日が幕を下ろす。翌日もまた、皆で遊園地を巡り、満足した一日を送った。
そして
「俺、部活を作りたいんです」
次の物語の、幕が上がった。
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