第25話 死神の初恋⑱
領主・オルドロスはハクロを黒騎士と呼んだ。
骨ばった
「久しぶりだな、黒騎士。ぎりぎりだったが、よもや間に合うとは思わなかったぞ。やはり運命や巡り合わせというのはあるのだな。否、筋書きというべきか……すでに
「なんの話をしている? 俺は貴様なんて知らないぞ」
「貴様に覚えがなくとも俺は鮮明に憶えている。その眼、その顔、その姿。そして魂か――どれをとっても黒騎士・ハクロそのものではないか。さあ、今度はあのときのようにはいかないぞ」
オルドロスの口ぶりは確信を持って語っている。
しかし、死神でもなく、忌み子でもない。第三の呼び名にハクロは思い当たる節がなかった。
「たしかに俺はハクロだが、黒騎士なんかじゃない」
否定したが、しかし口にして思い出した。
かつてオルドロスに
つまり、ハクロの実父に当たる人物だ。
オルドロスはハクロにその面影を重ねて視ているのだろう。そうとしか思えない。だが、
それ以前に、黒騎士はすでに死んでいるという話ではなかったか。
ならば領主が視ているハクロは、過去の亡霊なのだろうか。
答えは本人にしか判らない。他人と視点を切り替えることなど誰にもできはしないのだ。
「貴様は間違いなく黒騎士・ハクロだよ。まさかとは思ったが……ほんとうに黄泉返ったのだな」
「違う、俺は黒騎士じゃない!」
「罪人はみんなそうやって偽るんだ」
「嘘など吐くものか。貴様こそ、それ以上戯言をぬかすなら
「やれるものならやってみろ」
オルドロスは丸腰のままゆっくりと接近してくる。
武器は手にしていない。
ハクロは殺気を放ち、
「止まれ、それ以上近づくな!」
「なにを畏れている? 俺に用があってやって来たのだろう?」
「恐れてなどいない」
「なら、落ち着け。そこへ座りたまえ」オルドロスは長椅子を指し示す。「騒ぎを起こしたくない。人を呼ぶのは俺としても望むところではないんだ」
そう云うと領主は、ふたつあるうちの左手にある玉座の前に立ち、身を
「それともやはり
オルドロスの口許が不自然に歪む。
病的な笑顔だ。精神に
「挑発に乗ってはいけないわ」今にも飛びかかろうとする死神を魔女が窘めた。「私たちは争いに来たのではない。そうでしょう? 大丈夫、言葉は通じるわ」
「分かっている。だが――」ハクロは鎌をふりおろし、領主の首筋に刃をあてがう。「すこしでも妙な動きをすれば容赦はしない」
「ふん、ずいぶんと用心深くなったものだな。丸くなったというべきか……以前の貴様ならば、前置きなしでこの首を狙っただろうに……やはり俺の見込み違いか?」
「何度も云わせるな。俺は黒騎士じゃない」
「まだ自覚がないのだな」オルドロスは両手をあげて降参のポーズを示した。「今はそういうことにしておこう」
「聞いていたよりもずっと
「今夜は特別な日でな。気分が良い。上等な酒もあるし……貴様もどうだ、一杯つき付き合わないか?」
「断る。アルコールは飲みたくない」
「
「頭を鈍らせたくないだけだ。貴様も、命日にならないよう言葉には細心の注意を払え」
「それはこちらの台詞だ。さあ、まずはそちらの用件を聞かせてもらおうか。今日は忙しくなる。手短に頼むぞ」
ハクロは城を訪れた
サーシャの治療法とハクロの
そのうえでハクロは、兵士たちに自分たちへの攻撃を止めるよう命じてほしいと要求を伝えた。
「なるほどな」オルドロスが頷いた。話している最中はずっと瞳を閉じていたが、ちゃんと話は聞いていたようだ。「今夜はやけに騒がしいと思っていたが……そんなことが起きていたのか」
「兵士や術者を仕向けたのは領主様ではないのですか?」アンが訊いた。
「街の兵士たちは俺の
「それでも
「まあな」オルドロスは膝を組み、こめかみを押さえる。あまり興味がないといった態度だ。肘掛けにもたれるような姿勢になるとハクロのほうを見た。「要するに、貴様たちの安全を
「そうだ」ハクロが答えた。
「他に要求は?」
「ない。兵士たちにこれ以上俺たちを追わないよう命じてくれればそれでいい」
「良かろう。関係部署に
「約束したぞ」
「神の名に
その言葉を受けてハクロは鎌を退けた。
話の分かる男でよかったと胸を撫で下ろす。
だが、そこでオルドロスが指を立てた。
「ただし代わりと云ってはなんだが、こちらも一点だけ要求したいことがある」
「なんだ、云ってみろ」
「これから此処で婚姻の儀を行う。それに貴様たちも列席してもらいたい」
「これから? 此処で?」
ハクロは眉を
ロケーションとしてはこれ以上ない場所だろうが、しかしまだ早朝ともいえない時刻だ。他に参列者の姿はなく、それどころか牧師や神父さえ見当たらない。言動から察するに呼ぶつもりもなさそうだ。こういった場合は親類や縁者を集めるものではないのだろうか。領家の婚姻となればなおさら身分の低い者を同席させたりはしないだろう。一般の参拝者は遠く離れた外野から望む程度が関の山ではないのか。
しかしそれよりも、ハクロはセレモニーを行う意味が解らない。
当然だが、これまで出席したことなどないし、サーシャから聞いた話から想像しただけでも退屈そうだし、苦手だと感じる。たんに頭数をそろえるために形だけ集まっても意味がない。逆にいえば、祝ったり、
そう伝えるとオルドロスは肩を
「俺も同感だ。だが
「貴様の婚姻なのか」
「縁談の噂など耳にしたことがありませんが……」アンが続けて云った。
「当然だ。これから行う儀式は形式的なものではなく、一種の魔法だからな。誰にも邪魔されたくない」
「呪文とは異なる形式の魔法か」
「そうだ。言葉や文字を含めた、より高度な魔法と云っていいだろう。魔法は、送り手と共通の意味を認識する受け手でなければかからないんだ。そして難しい式ほど相手を選ぶ」
「なら、俺たちにも効かないだろう」
「そうでもないさ。貴様たちならば充分に参加資格を有している。何故なら、これから迎える花嫁は――貴様が寝取った俺の
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