第13話 死神の初恋⑩
――
サーシャから事前に聞いて覚悟はしていたが、想像以上に人がひしめき合っている。街を囲う外門を潜ったとたんにハクロは足を止めてしまった。まるで異次元への扉を開いたように錯覚してしまうが、外界とは地続きで繋がっている。
道はそのまま目抜き通りに変わり、人や荷馬車が絶えず往来していた。その
それだけではない。遠くで爆発音がした。
だがそれは
風に流れる
「どう? 見ると聞くとでは大違いでしょう?」
「ああ……いい経験になったよ」
「まさか帰るなんて云わないでしょうね?」
「此処まで来て引き下がるわけないだろう」
「なら、さっさと這入る。門兵がこっちを見ているわよ。いつまでも往来の真ん中で立っていては
「分かった」
「って――ちょっと、どうしてそんな端っこに寄るのよ」
「邪魔だと云ったのはサーシャじゃないか」
「出入口を
「待て。医者がいる場所を訊いておこう」
「なら説明は任せるわね」
「俺が話すのか?」
「何事も練習よ」
蓮に隠れたサーシャを
門兵はハクロを見て
事情を察したのか門兵は、腕の良い医者がいると云い、地図と紹介状を書いてくれた。筆跡には何故か同情の念がこめられている。ハクロ自身が病人だと思われたのかもしれない。最後はお大事にと見送られた。
精確に伝えられたかは不明だが、とにかく目的は果たせた。混雑を避けながらハクロは、見慣れない地図を片手にゆるゆると前進していく。もうすこし陽が落ちて、街の者たちが
だが、これだけ大勢の人間を間近で観察する機会はこれまでなかった。互いの躰が触れ合うほどの距離を許したのはサーシャひとりだけなのだ。肩がぶつかりそうな距離を平然と横切っていく人たちに、どうしても違和感を覚えてしまう。
「……みんなまったく
「それだけ
「それにしたって無防備過ぎる。一歩踏み込めば簡単に首を落とせるぞ」
「獣じゃないんだから、近いからといって誰彼構わず危害を加えたりしないの。そんなことしたらすぐに兵士がやってきて捕まってしまうわ」
「俺の敵じゃない。返り討ちにできる」
「貴方は特別よ。単独で生きられる者なんてまずいないわ。人間は、基本的に非力な生き物なの」
「
「力が足りない分を数や頭で補ってきたのね。
「仕組みか……。みんなが了解したうえで治安が保たれているんだな」
「大勢が納得できるルールが無ければ集団は機能しないけれど……必ずしも定めた前提条件が正しいとは限らない。集団で選択を誤ったときに悲劇は起きるの」
「それは、アプリオリを間違えているようなものか?」
「そう。大勢で決めたはずなのに、ときとして数の理論は制御しきれないほど暴力的になってしまう。個人がいくら過ちを糺しても、数で圧倒されてはまともに抗うこともできない。マイノリティには生きづらい世の中よね」
「それでも俺は少数派に回るだろう。馴れ合いなんて性に合わない。生まれつきの
生まれつきの忌み子なのだ。
ハクロの強さは人並み外れている。
そして、孤高の死神はそのどちらも望んでいない。
ハクロはひとりの人間として扱われたいのだ。だから、いつまでも力に頼って鎌を振り回していてはいけないと、自分でもそう思う。死神の
ハクロが異端であることの
たんなる刃物だと云われればその通りだが、どうしようもなく分かち難い。
「俺のような日陰者はどうやって生きていけばいいんだろう?」
相反する気持ちにハクロは
その流れるような金髪をサーシャがやさしく撫でる。
「顔をあげて、前をご覧なさい」
促されて視軸を移すと通りの先に
その枝分かれする道をサーシャが指差した。
「私たちは常に
「間違えたらと思うと足が
「正解なんて求めてはいけない。そんなものは最初から存在しないの。どの道を選んでも必ずどこかへは通じている。己の信念を持って迷わず進みなさい」
「ひとりで
「不安なら、鎌は困ったときの
「俺は、俺のままでいて良いのだろうか?」
「元々人はそれぞれ異なっているわ。その違いを認め合い、ともに
「俺に見つけられるだろうか?」
「求め続ければ、いつかきっと巡り逢えるでしょう」
「だけど、貴女ほどの人は滅多にいない。俺はサーシャと出逢えて本当に幸運だった」
「私もハクロと逢えてとても嬉しい」
サーシャは微笑み、それから視線を伏せた。移動で疲れているのだろう、静かな寝息が聞こえてきた。
すでに陽は傾き始め、密かに静寂が訪れている。街の喧噪は鳴りを潜め、代わりに
――俺もいつか誰かとあんなふうに笑いあえる日が来るのだろうか。
たとえ忌み子として生まれようとも。
死神と呼ばれようとも。
ひとりの人間として認めてくれる者がサーシャ以外にも現れるだろうか。
心地良い音楽に耳を傾けながらハクロは、サーシャを連れて噴水を離れる。
道中、黙って歩きながらサーシャが聞かせてくれた物語を思い出す。
入墨の少女の話だ。
サーシャがなにかを話すとき、本筋とは別に、
少女は、自分で選択したようにみえて実は、無言の圧力に屈したのだと思う。ハクロも数に圧されて墓場を追われたようなもので、どこかシンパシーを感じる。
なにが少女にとって最善だったのかは分からない。
どんなメッセージが込められているのかも定かではない。
だが考えるきっかけにはなった。
入墨の少女には黒騎士が現れたように、ハクロにはサーシャがいる。サーシャは体調が万全ではないのに、こんなときでさえハクロの質問に答えてくれた。それが有難くもあり、心苦しくもある。
快方に向かうことを祈りながらハクロは、
※
そして。
城にある
細い路地を何度か通り抜け、中心からだいぶ離れた場所まで歩いてきた。
「ここが医者の家か……」
もっと
門兵は優秀だと
しばらくして返事が聞こえたのでなかへ這入る。
玄関で待っていると女がひとり奥から出てきた。
その姿を見てハクロは息をのんだ。
見覚えのある女だ。
墓場で剣を交えた者とは違う。歴戦の相手などいちいち覚えていられない。ハクロにとって、鮮明な記憶に残る数少ない人物、それは――ハクロを取りあげた
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